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2011'11.20 (Sun)

醤油ラーメン・タートルネックセーター・警察

お題「醤油ラーメン・タートルネックセーター・警察」

いつもの席でいつものラーメンを食べていると、誰かが左耳のイヤホンを無遠慮に取った。
だけど私は気にせずにラーメンを啜る。こんなことをする人物はあの人以外にいない。
「飯食いながら音楽聞いだら駄目だんず。行儀悪っぺ」
相変わらず変なイントネーションに思わず頬が弛む。そのひどい訛りの持ち主は、私のイヤホンを自分の耳にはめた。
「どっかで聴いたごどある人だず。誰だっけぇ?」
「アイコ」
「あー、んだんだ。クワガタ歌った人だべ」
「カブトムシだから」
顔を上げるとそこには、少年のような笑顔を見せたシマズーがいた。
私の頬がさらに弛んだ。

東北地方の片田舎。山形県の海沿いに面した町、ここ酒田に来て四ヶ月が経つ。
何もないこの町で、私が初めて出会った心許せる人。それがシマズーだった。

「おっちゃん、俺さもラーメン一杯くれっちゃ」
注文を受けたマスターは威勢のいい声で応える。シマズーは片耳にイヤホンをしたまま私の隣に座った。
「しっかし、お前はいつもいるなっす。女子高生のくせにラーメンが夕飯なんて贅沢だべ」
厚みがあるチャーシューを頬張りながら私は、しれっと答えた。
「女子高生は関係ないじゃん。だってここの醤油ラーメン、美味しいんだもん」
「んだろ、美穂ちゃん。酒田の醤油ラーメンさは、トビウオの出汁が使われていんのよ。アゴ出汁っても言うの」
マスターの奥さんがシマズーに水を出しながら答えた。
シマズーと奥さんの訛りは、微妙にイントネーションが違う。奥さんや酒田の人の訛りは早口で怒るようなイメージだけど、シマズーのは音痴に喋っている感じ。
シマズーは酒田の人ではなく、内陸地方出身らしい。
そんな風に話をしていると、シマズーにもラーメンがきた。彼はそれを実に美味しそうに食べた。
私はわざと食べるペースを落とす。麺を一本一本すくって、モタモタと口に運んだ。
「ごっつぉさん。マスター、今日のも美味かったずー」
「あいよ! もっけだの!」
私も丁寧にご馳走様でしたと手を合わせた。そしてシマズーと同じタイミングでラーメン屋さんを出る。
「よし。そしたら帰るべ」
「うん」
シマズーはいつも、ラーメンを食べ終わると私を家まで送ってくれる。私達は示し合わせることもなく、自然と同じ方向に歩き出した。
これが私の日常。何よりも大切な、日常である。

「うー、寒い」
タートルネックセーターの襟をかきながら、シマズーは白い息を吐いた。
「シマズーで寒いなら、私なんてもっと寒いわよ。私、東北の冬って初めてだし」
「寒いものは寒いんだずー。生まれとか、関係ないべ」
「だったらわざわざ遠回りして、私を送る必要ないでしょ。まっすぐ宿舎へ帰ればいいじゃん」
わざと心ないことを言ってみたけど、シマズーは背筋を正してハキハキと答えた。
「いんや。善良な市民を守るのが、本官の役目だべから」
心がポッと暖かくなる。私はマフラーに口を当てて、ワフッと微笑んだ。
「じゃあ、お願いします。頑張って護送して下さい、島津巡査」
「護送って。お前が犯罪者みたいだずー」
思わず顔を見合わせて笑う。白い息が、タンポポの綿毛のように暗闇へ舞った。

シマズーに初めて会ったのは、今から二ヶ月前のことだった。
私は電車通学で、駅に自転車を置いて学校に行く。その日も放課後にいつも通り、自転車を駐輪場へ置いて帰ろうとしたのだ。
「おい、そごのおめ! ちょっこす待でずな!」
突然のダミ声に呼び止められ、私は驚いて振り返る。肩を怒らせた中年のお巡りさんがズカズカと歩み寄ってきた。
「おめこれ、わーの自転車でねろ! わーんなだば学校がらもらてきたシール貼らったはずだぜや!」
当時、酒田の方言に慣れていなかった私は、お巡りさんの言っていることが聞き取れず、ただただ困惑するばかりだった。
「あ、あの、すみません。もう少しゆっくり喋って……」
「おずまげんな! 知らねふりこいでおちょくったながや! これがわーんなだんば、なんか証拠でも見せでみればいじゃあぜや!」
どうやらお巡りさんは、私の自転車を盗品だと思っているらしい。
転校して一ヶ月は駅から歩いて通学していたけど、学校近くの長い坂に辟易して最近自転車を購入したばかりだった。だからまだ学校から校章の入った登録シールをもらってなかった。
言葉も分からず、お巡りさんの威圧的な態度にオロオロするばかりの私。埒が明かないと思ったのか、お巡りさんは私の腕を掴んだ。
「まんず一回、交番さ来い! いろいろと聞いで学校さも連絡しねばの!」
「い、いや! 放して!」
力づくで連れて行こうとするお巡りさんに抗う私。
何で自分がこんな目にあわなければいけないのだろうか。望んでこんな田舎に来たわけじゃないのに。
悔しくて涙が出そうになった、その時だった。
「あー、松本さん。その子は違いますっぺ」
若い男性の声に頭を上げた。それがシマズーだった。
「なんだや島津。おめ、この子どご知ってるながや?」
「んだっす。その子の自転車は、まだシール貼られてないだけなんだずー。俺が前さ見たから間違いねえずー」
「あ、んだが」
シマズーの言葉にお巡りさんはあっさり承諾し、私の手を放すと交番に戻っていった。
「恐い目に合わせて、ごめんなっす。松本さんは悪い人でないがら、気にしねでくれずー」
若いお巡りさんは朗らかに笑った。あっちのお巡りさんは何を言っているかサッパリ分からなかったけど、シマズーの言葉はすんなりと理解できた。
「あ、はい。でも私、お巡りさんに一度も会ったことないです。それなのになんで、私をかばってくれたんですか?」
もしも私が本当に自転車泥棒だったらどうするのだ。何故、シマズーは分かったのだろうか。
するとシマズーは、自分の目を指差して言ったのだ。
「嘘を付いだ時は目で分がる。お前は嘘付きの目じゃねがったから」
そしてシマズーはもう一度、子供のように笑ったのだ。

その後にラーメン屋でばったり再会し、私達はすっかり仲良しになった。
シマズーというあだ名は、語尾によく「ずー」と訛って付くから。彼は「馬鹿にすんなずー」と言いながらも気に入っているようだ。

「しっかし、今日は本当に寒いずー。来週には雪が降んじゃねえが?」
タートルネックセーターに首をうずめて、シマズーは溜め息を吐いた。
「雪ね。この辺って結構積もるの?」
「いんや。酒田は海から吹きつける地吹雪で飛ばされっから、積もっても五十センチくらいだべ。俺の地元は内陸部だから、二メートルは積もっぞ」
人の背丈以上に積もる雪なんて、まったく想像がつかない。
それよりも、雪が降るという予感に胸がワクワクする。
あと二週間もすればクリスマス。ある誘いを心待ちにしている自分がいる。
電気屋の角を曲がると私の住むマンションが見える。シマズーとはここでお別れだ。
「今日も護送、ありがとう。寒いから風邪引かないようにね」
「だから護送って言うなずー。お前も暖かくして寝れよ」
「今夜、電話してもいい?」
躊躇いがちに訊ねると、一拍置いてからシマズーは首を縦に振った。
「いいずー。あんまり遅い時間は勘弁してな」
胸が弾んだ。
私は浮き立つ足を押さえつつ、シマズーに手を振った。
「うん、わかった。じゃあ後でね」
シマズーも手を振り返してくれた。彼に見送られながら、私はマンションの入り口をくぐった。
エレベーターに乗り、ボタンを押す。ゆっくりと昇っていく間、私は口元を押さえてニヤニヤと笑った。
シマズーといると、心が春の日差しを浴びたようにポカポカする。
シマズーのことを考えると、顔が勝手にニヤけてしまう。
こんな気持ちになったのは初めてだった。世界の色が変わった。
この気持ちを伝えてしまいたい思いと、伝えてしまって今の関係を壊してしまうのが恐い思いが、せめぎ合っている。
エレベーターの扉が開いた。私は家のカギを鞄から取り出す。
クリスマスはシマズーと過ごせたらいいな。雪が降ってくれれば、ホワイトクリスマスになって素敵なのに。
それまでにはシマズーと恋人同士になっていなきゃ。
彼も同じ気持ちでいてくれているのだろうか。
分からないけど、そうだったら嬉しい。
そんなことを考えながら私は家に入り、お風呂を沸かす準備をした。


12月も年の瀬を迎えた。
先日から本格的に雪が降り始めた。シマズーの言うとおり、地吹雪は凄まじい。突風に煽られた雪が地面から降き上げてくるという、不思議な現象を体験させてもらった。
それでも少しずつ街は白く染まっていった。
景観に乏しい田舎町でも、雪に被われれば、それなりに感慨深い風景になるものだった。
その日は終業式で、お昼には学校が終わった。
私は駅の駐輪場に自転車を停め、駅裏にある雑貨屋さんに向かった。
女の子らしく、シマズーに手編みのマフラーでもプレゼントしようと思ったからである。
いつも薄いジャケットとタートルネックセーターのシマズー。いくら雪国出身でも寒いんじゃないか。こないだも大きなくしゃみをしていたし。
クリスマスまであと日にちがないけど、頑張れば何とかなるよね。出来れば長いマフラーを編みたいな。私とシマズーが寄り添って首に巻けるくらいの長さで。
そんな想像でニヤニヤしながら駅裏の道を歩いていると、後ろから誰かに声を掛けられた。
「ちょっと待でっちゃ!」
振り向くとそこには、同じクラスの女子が三人ほどいた。
「えっと、なに?」
明らかに敵意を剥き出しにしている三人に、私は怯える。さほど仲良くしていた子達ではなく、名前も名字くらいしか知らない。
「美穂、あんた。二学期の期末テスト何位だったなや?」
真ん中にいた藤村さんという女子がズイッと詰め寄る。
私はクラスの女子達が苦手だった。まだ若いのにオバサンみたいな方言ばかり使うから。
私は鞄をギュッと握り締めながら答えた。
「……一番だった」
三人が忌々しげに目配せをし合う。やっぱり、といった態度だった。
「あんたそれ、カンニングして取ったんでろ」
開いた口が塞がらなかった。この子達は何を言っているのだろう。
「なんで、そんなこと……」
「とぼけんなや。んでねば、いきなり酒田に来て一番なんか取れるわけねぇろ。藤村ちゃんが二位なんて納得出来ね」
左側にいた佐藤さんという子が口を尖らせて言った。
「んだんだ。絶対カンニングしたに決まんなや。藤村ちゃんなんか、毎日ちゃんと勉強したんよ」
キツネのように目尻が切り上がった藤村さんが口を開く。
「今から学校さ戻って、先生さ言ってくれる? 私、カンニングしました、藤村さんを一番さして下さいって」
頭にカッと来た。
自分の成績が下がったのを他人のせいにして、まったく事実無根な罪を私に着せようというのだ。
「私、カンニングなんてしてないもん! 普通に勉強しただけだもん!」
反論した私に、対する三人も喰ってかかってきた。
「調子こくなや! 何が普通さ勉強しただけや!」
「馬鹿にしったなが? 都会から来たさげって、田舎どご馬鹿にしったなだ!」
「んだんだ! おずまげて標準語なんか喋って!」
藤村さんと佐藤さんが両端から私の腕を掴む。
「え? ちょっと、何をするの?」
抗う私をもと来た道に引きずる二人。
「学校さ行ぐぞ! 先生さカンニングしたって報告する!」
「そんなこと、先生が聞いてくれるわけないじゃない!」
「余所者の言うことより、私達の言うことを信じるに決まんなや! お前なんか、黙って都会さ帰ればいいなや!」
悔しさに目の前が真っ黒になった。
私だって、好きでこんな田舎に来たわけじゃない。
私はこの場所に何も求めていない。このままヒッソリと過ごさせてくれれば、それでいいのだ。
それなのに、ここは私に辛く当たってくる。邪魔者と排除しようとしてくる。
「助けて……」
望んでこんな場所にいるわけじゃない。
「助けて……」
でもそんな中でも、陰っているようにしか見えない町でも、唯一の光に出会った。
「助けて、シマズー……」
彼がいたから、この灰色の町でも色付いて見えたんだ。
「助けて! シマズー!」

「おめえ達! なにやってんだずー!」

突如として聴こえた怒号に、女子達は反射的に逃げ出した。
しゃがみ込んだままの私に、声の主は走り寄る。
「なしたんだずー、美穂。友達とケンカでもしたのけえ?」
顔を見なくても分かる。私がこの町で出会った一番大切な人だ。
「シマズー、シマズー……」
涙が溢れ出す。安堵の涙が頬を濡らした。
「シマズー、シマズー……」
「ここさ居るっぺ。何があったんだず? ほれ、立て」
腕を掴んで立ち上がらせるシマズー。私はそのまま、彼の胸に抱き付いた。
「うわーん! シマズー! シマズー!」
泣きじゃくる私にシマズーはそれ以上訊ねようとせず、ただ頭を撫でてくれた。
彼の大きくて厚い手は、とても温かくて優しさに溢れていた。

「私のパパとママね、離婚したの」
その日の夜、私はシマズーに電話でこれまで話せなかったことを全部打ち明けた。
「結局はママに付いていくことになったんだけど、東京で生活するには大変らしくて、ママの実家の酒田へ引っ越したんだ」
『……んだったのか』
シマズーは余計な口は挟まず、ただ相づちを打ちながら聴いてくれた。その優しさがとても心地良かった。
「なんだか酒田の人って、凄くぶっきらぼうに感じて。最初は全然馴染めなかったんだ。訛りも分からないから、何を言っているかサッパリだったし」
『ハハハ、んだずー』
「シマズーの方言は初めからイヤじゃなかったよ?でもね、シマズーやラーメン屋さんのマスターと知り合って、酒田もそんなに悪くないなって思えるようになった」
『うん。それは良がった』
そう思えるようになったのは、誰でもなくシマズーのおかげだった。彼との出会いは、私を大きく変えた。
『俺もよ、実は美穂と同じだったんだずー』
「え? シマズーが私と?」
『んだ。俺も内陸から来て知り合いが一人もいねえし、警察官は嫌われる仕事だがらな』
「警察官、市民の安全を守っているのに」
『なんかあった時はな。何もねえ時は鬱陶しがられでしまうんだな。つまり俺もお前とおんなじで余所者だったんだずー』
シマズーから余所者と言われても、全然イヤじゃなかった。むしろ彼と同じ境遇であることに、優越感を抱くほどだ。
『だから、俺も美穂さ会えて良かったなって思えることがいっぱいあるんだずー。感謝してっぞ』
胸がトクンと鳴った。
今、シマズーの心に近い場所へいる気がして、私はごく自然に言っていた。
「シマズー、明日ラーメン屋さんに来れる? 大事な話があるの」
告白を前提にした約束。
シマズーはやや間を空けてから『いいずー』と答えた。
『俺も美穂さよ、伝えておきてーことがあっからよ。ちょうど良いべな』
体が火のように熱くなる。もう携帯電話を放り出して、シマズーの元へ飛んでいきたい衝動に駆られた。
口早に待ち合わせの時間を告げて、私は電話を切った。
携帯電話の通話切断中という文字を、放心状態で見つめる。そしてベッドにパタリと横たわり、枕に顔をうずめて唸った。
いよいよ明日だ! 明日、シマズーに自分の気持ちを告げるんだ!
シマズーも私に伝えてたいことがあるって言った! きっと、同じことに決まっている!
もう頭の中が舞い上がってしまって、落ち着こうにも落ち着かない。
机に置いた鏡に自分の顔を映す。十人中、十人が大丈夫か? と心配してしまうような締まりのない顔だった。
「やだ! 私、超ブス! 顔がだらしなさ過ぎ! こんなんじゃシマズーに会えないぞ!」
そしてまた枕に顔をうずめて、変な声を上げて笑った。顔どころか頭までおかしくなってきたみたい。
明日、全てが変わる。
新しい私とシマズーが始まるんだ。
早く明日になって欲しいような、なって欲しくないような。そんなフワフワした気持ちのまま、私は一睡も出来ずに次の日を迎えた。


約束の時間は5時だった。
普段は制服でラーメン屋さんに入るけど、もう冬休みになったので今日は私服だ。
この服だって午前中から吟味に吟味を重ねて選んだのである。慣れないお化粧にもチャレンジして準備は万端だ。
それでも30分早く到着してしまった。
相当浮かれているな、と思いつつ私はラーメン屋さんの向かいにあるコンビニに入った。
道路を一本挟んでいるが、誰が入店したか、よく見える。私はティーンズ雑誌を立ち読みしながら待つことにした。
注文もしないでカウンターで待っているのも気まずいし、先に入っていては、如何にもで格好悪い。
待つといっても僅か数10分。ガラスに映った自分のニヤけ面を叱りつけながら、私は雑誌に目を落とした。

それから二十分が経った頃だった。
私は目標としていた人物を視界の隅に捉えた。間違えるはずもない。シマズーだった。
意気揚々と顔を上げた。しかし、そこにあった光景に私は自分の目を疑った。

いつものタートルネックセーター姿のシマズー。
その隣に、見慣れない女の人。

何かの間違いだと思った。
たまたま横を歩いていただけの人だと。そうであることを願ったが、つぶさに観察をして間違いは自分の方であったことを思い知る。
シマズーの腕に絡んだ手。笑いかける顔と顔の距離。
それらは全て、私が心の底から望んだシマズーの隣だった。
ラーメン屋さんの暖簾をくぐる二人を、私は停止した思考で見送った。
ティーンズ雑誌が床に落ちた音でハッと我に返る。慌てて雑誌を拾おうとしゃがんで気付く。
ジワジワと溢れ出す失望感。
私は立ち上がることが出来ず、コンビニの床を見つめたまま、悲哀を噛みしめていた。

どのくらい、そうしていただろうか。
私は立ち上がり雑誌を棚に戻し、鞄から携帯電話を取り出す。
『シマズー、遅れてごめんね。急で悪いけど、今日はいけなくなっちゃった』
メールの本文を打ち込む。電話だと、きっと泣いてしまう。
『それで大事な話なんだけどね。私、彼氏が出来たの。同じクラスの男子で先週から付き合ってるんだ。シマズーには伝えておいた方がいいと思って。それだけだったの。呼び出してごめんね』
躊躇いなく送信ボタンを押す。
しばらくするとシマズーから返信がきた。
『いつの間に! 若い子は違うな、やっぱり。実は俺、来月から地元に転勤なるんだ。それで今まで言ってなかったけど、前から付き合っていた女性と向こうで結婚するつもり。その報告だったんだけど。美穂にも彼氏が出来たなら安心して地元に帰れるよ』
私はひどく冷めた気持ちでその文章を読み下した。
ふと顔を上げる。ガラスに映った自分の顔が、今まで見たことがないほどに無表情だった。
そのガラスの向こう側でラーメン屋さんのドアが開く。一組のカップルが店を後にした。
その二人が見えなくなるまで遠くへ行ったのを確認してから、私はコンビニを出た。

「へい、らっしゃい! あれ、美穂ちゃんでねが?」
マスターが素っ頓狂な声を出す。
「今の今まで島津がいたんだんども。そこら辺で会わねけが」
「うぅん。醤油ラーメン一つ下さい」
私は愛想笑いを浮かべて注文をする。マスターは威勢よく返事をすると調理を始めた。
「美穂ちゃん、今日はえらく可愛いでねが。何かあったながい?」
長ネギを刻みながら笑顔を向けるマスターに、私は無言で首を横に振る。
「美穂ちゃんは段々と可愛くなるってのに、島津だば格好つける気がねえからの。いっつもタートルネックばかり着ていで。まあ、あいつの場合だば、首を隠さねばならねえ事あっからの」
そう言ってマスターはいやらしい笑いと共に、ラーメンをカウンターに置いた。
「キスマークがしょっちゅう付いてんだ、島津の首さ。あいよ! 醤油ラーメンお待ち!」
「あんた! また馬鹿言って!」
軽口が過ぎたのか、奥さんにたしなめられる。私はイヤホンを耳にはめ、音楽プレーヤーを起動した。
流れてきた曲のイントロを聴いてグッと胸が詰まる。ランダム設定にしていたから、まさかこの曲が来ると思わなかった。
アイコのベストアルバムに入っていた昔の曲。『二時頃』だ。

『新しい 気持ちを見つけた
あなたには 嘘をつけない
恋をすると 声を聞くだけで 幸せなのね』


曲のフレーズと共に思い出がフワッと甦る。
駅前の交番。角の電気屋さん。並んで食べたラーメン。

『真夜中に 始まる電話 足の指 少し冷たい
なにも知らず 嬉しくてただ鼻を啜ってた』


いつも私に付き合ってくれて嬉しかった。
いつも私を守ってくれて嬉しかった。
いつも私の特別だった、大好きだったシマズー。

『右から 秒針の音。左には 低い声
私の この心臓は 鳴り止まぬ
いい加減に うるさいな』


初めてのときめきをくれた、大切な人。

『言ってくれなかったのは 私のこと少しだけでも
好きだって 愛しいなって 思ってくれたから?』


ラーメンに雫がパタパタと落ちる。私はしゃくり上げながら、必死にラーメンを食べた。

『小さくもろい優しさが 耳を通り包み込む
それだけで体全部が いっぱいだったのに』


初めて食べた時、すごく美味しいと感じたラーメン。
あれはきっと、シマズーと一緒に食べたから。
今はこんなにも苦い。苦いけど、飲み干さないといけない。

『嘘を吐いてしまったのは 精一杯の抵抗
あなたを忘れる準備を しなくちゃいけないから』


そうしないと、私は前に進めないと思ったから。


グシャグシャの顔でラーメンを食べ終わり、店を出る。
入った時に吹いていた風はすっかり止んで、代わりに粉雪が舞っていた。
夜空に白い息を吐く。すると奥さんが傘を差し出してくれた。
「美穂ちゃん、雪降ってきたから。傘差していげの」
ニコリと微笑んだが、心配そうな顔は隠せていない。きっと奥さんは全部知っているのだ。
「うぅん、ありがとう。このまま帰るよ」
「えぇ、したって……」
「雪の日に傘を差すなんて無粋だって、シマズーが言っていたから」
そう言って笑ってみせると、奥さんは涙ぐんで深く頷いた。

奥さんに手を振って帰路に就く。
町は真っ白に染まり、夜にも関わらず明るかった。
聴こえてくるのは雪を踏みしめる靴の音だけ。それ以外の音は凍ってしまったかのように静まり返っていた。
行き交う人も車も通らない。この世に一人取り残されたような静寂が続いている。
それでも決して雪は冷たくはなく、温かかった。
シマズーが前に言っていた。雪は温かい、と。その意味がようやく分かった気がする。
きっとそれは、雪が心の中にある温かい気持ちを思い出させてくれるから。
「一つだけ思ったのは……私のこと少しだけでも……好きだって、愛しいなって、思ってくれたから……?」
二時頃の歌詞が、舞い落ちる粉雪にかき消されていく。
私は続きの歌詞を歌いながら、真っ白な道を歩いた。

おわり


お題提供・カレーは飲み物です、コッコちゃん。Thanks!


本人が歌ってませんが、凄く良い曲です。→aiko「二時頃」
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