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2011'10.29 (Sat)

戦闘中・会話中・チャット中

お題「戦闘中・会話中・チャット中」

system:オデュリガスさんがチャットルームにインしました。

オデュリガス:こんにちわ~
オデュリガス:あれ、誰もいない?
だるまダル:こんにちは
オデュリガス:あ、だるまさん
オデュリガス:いたのね
オデュリガス:他の人は?
だるまダル:まだだれも
オデュリガス:ふ~ん
オデュリガス:なんだ。今日はすごくみんなとチャットしたい気分なのに
オデュリガス:まあ、待っていればいずれ集まるっしょ
オデュリガス:だるまダルさ~ん
オデュリガス:……
オデュリガス:お~い、ダルちゃ~ん
オデュリガス:いま、なにしてる~?
だるまダル:戦闘中です
オデュリガス:?
オデュリガス:あ~、ネトゲでもやっているのかね
オデュリガス:いいよ~。半ロムでもいいよ~
オデュリガス:こっちは勝手に喋っているから
だるまダル:すみません
オデュリガス:今日さ、仕事でさ
オデュリガス:上司からメッチャイヤなこと言われてブルーなのよ
オデュリガス:もう、ブルー通り越してダークって感じ
オデュリガス:だから、みんなとチャットして楽しい成分を補充しようかと


system:みっこたん☆さんがチャットルームにインしました。

みっこたん☆:こんにちは
オデュリガス:お!みっちゃん、こんにちは!
みっこたん☆:オデュさん、テンション高いですね
オデュリガス:うん~
だるまダル:ダークですか
オデュリガス:だるまさん、レス遅!
みっこたん☆:?
オデュリガス:だるまさん、ネトゲで戦闘中だからレス率低いのよ
みっこたん☆:ああ、了解です
オデュリガス:まあ、いつもレス遅い方だけどね
みっこたん☆:まだタイピングが慣れてないんですよ
みっこたん☆:ロムだけでもチャットは楽しいですし
オデュリガス:だよね~
オデュリガス:みっちゃんはいま、何しているん?
みっこたん☆:会話中です
オデュリガス:?
オデュリガス:電話とかスカイプ?
みっこたん☆:いいえ。オデュさんとかダルさんと会話中です
オデュリガス:なるほどね~
だるまダル:すみません
オデュリガス:だからレス遅っ!
みっこたん☆:まあまあ、いいですよ
オデュリガス:今日さ、リアルの方でイヤなことがあったのよ
みっこたん☆:そうなんですか
オデュリガス:上司が有り得ない命令してくるからさ
オデュリガス:もうね、パワハラもいいとこ
みっこたん☆:それは大変ですね
オデュリガス:だよね~
みっこたん☆:私なんて何も言ってもらえない時の方が多いですよ
みっこたん☆:だからいつも一人というか
オデュリガス:それはそれで辛いけどさ
オデュリガス:ある意味、信用されている証拠なのかもね
みっこたん☆:そうなのかな……
オデュリガス:そうだよ、きっと
オデュリガス:私もガミガミ言わない上司がいないとこに行きたいな~
だるまダル:パワハラですか
オデュリガス:だから遅いって!
みっこたん☆:まあまあ、気にしない
オデュリガス:みっちゃんはさ、最後の日って何をしていたい?
みっこたん☆:最後っていうと?
オデュリガス:う~ん、平たく言えば
オデュリガス:人生最後の日
みっこたん☆:……
みっこたん☆:あまり穏やかな話ではないですね
オデュリガス:ちょっと話題が重くてゴメンね
みっこたん☆:いえいえ。よくある話題だから、それ
オデュリガス:宝くじで一億当たったらどうする?とか
みっこたん☆:ヒマな時の定番会話(笑)
オデュリガス:確かに(笑)
みっこたん☆:人生最後の日ねぇ
みっこたん☆:私は普通にでいいかな
オデュリガス:普通に?
みっこたん☆:うん。特に大それたことをしたいわけじゃないし
みっこたん☆:そんな勇気もないから
みっこたん☆:こんな風にチャットとかしている日常で終えるのがいいかな
オデュリガス:……
オデュリガス:なるほどね
みっこたん☆:オデュさんは?
オデュリガス:まあ、私も
オデュリガス:同じ、かもね
みっこたん☆:なるほど。みんな、そんなものなのかも知れませんね
だるまダル:わたしは、たたかっていたいです
オデュリガス:はいはい。ネトゲ厨乙
みっこたん☆:(笑)
みっこたん☆:ところで、オデュさんはいま何をしているんですか?
みっこたん☆:仕事しながら?
オデュリガス:うん。それもそうだけど
オデュリガス:チャット中
みっこたん☆:それはそうでしょうね(笑)


口にくわえた棒を伝って、唾液がキーボードに落ちる。それでも男性は懸命に、一文字一文字をタイピングしていった。
病院の一室にて。そこには男性以外の患者はいない。
以前まではあと二人ほどいたが、一人は家族に引き取られていき、もう一人は昨晩に首を吊って自害した。
真っ白なシーツがしかれたベッドで、男性はノートパソコンを前に奮闘している。
男性の両手両足はない。戦地の地雷で千切り飛ばされたのだ。
この病院はそういった戦地で負傷した者達で溢れかえっている。
胴体と頭だけの芋虫みたいな体で、男性は口にくわえた棒だけでキーボードを打つ。
一文字を打つだけで首が痙攣しそうになり、顎の筋肉は吊ったまま凝り固まっている。
それでも男性は顔を赤くし、息を乱してまでチャットをする。額から流れ落ちる汗も、垂れ流した涎も拭く腕はもう男性にはない。
それでも男性はチャットをする。必死でキーボードに向き合う。
ディスプレイに映った電脳の世界。たった三人しかいないチャットルームが、男性がまだ真っ当な人間であると認識できる証なのだ。


女性は背後に人の気配を感じて振り返る。そこにいた夫はやや驚いた様子だった。
「音がなくても気付くなんてすごいな」
その声は女性の耳に届かない。いや、女性の耳はどんな音も聞き取れない。
生まれた時から聾唖者なのだ。
リビングの机でパソコンをしていた妻に、夫は一枚の紙を差し出す。妻がそれに目を通し、顔を上げたのを確認してから手話をする。
「あとは、君が、判を押す、だけだ。すまないが、役所へは、君が、出してくれ」
離婚届だった。
夫はこれから徴兵により戦地へ赴く。自国の戦況が思わしくないのは明白で、生きて帰れる見込みが薄いだろうと誰もが口にしている。妻を未亡人にして余生を過ごさせるのは心残りだ。せめて未練などないように籍を抜いておこう、と。
当然ながら体の良い言い訳だということは、お互いが一番よく知っていた。夫婦関係など、とっくの昔に冷め切っている。
妻は憂いを帯びた顔を夫に向け手話をする。夫は溜め息を吐いて手話を返した。
「だから、もうその話はよそう。僕はこれから、戦争に行く。君の元に帰れる、保障はない。お互いに、納得したことじゃないか」
それでも妻は手話を止めない。夫も素早い手つきで応酬をする。
「今更、何を話し合おうって、言うのさ。もう、済んだことなんだよ。黙って、戦地に送り出してくれ。僕だって、辛いんだ」
そこで妻は一旦、手を下げる。そして決意をしたように、丁寧な手話で言った。
夫は泣きそうに顔を歪め、目をそらして返事をする。
「ああ、そうだよ。本当はもう、君と一緒に居たくないんだ。まともに声が届かない相手と、これから先も過ごさなくちゃいけないなんて、苦痛でしかないよ」
目元を抑えてガクリと膝をつきながら、夫は吐き出すように言った。
「僕は普通に会話が出来る女性と夫婦になりたかった」
相手が音を聞き取れないからだろうか。夫は年甲斐もなく声を上げて泣いた。
窓から夕日が差す。どうしようもない哀愁が、二人しかいない部屋を真っ赤に染めた。
妻はテーブルから離れると、夫の前にしゃがむ。そしてまた、ゆっくりと丁寧に手話で告げた。
『私は今、初めてあなたと、本当の会話をした、気がします』


「おい、オデュリガス二等兵。貴様、いい加減にスマートフォンを手放せ」
上官からの叱責に、オデュリガスはようやくスマートフォンから顔を上げた。
瞳は虚ろで、顔面からは血の気が引いている。これが死相というものかと上官が思っていると、前方から激しい爆音が轟いてきた。
オデュリガスの顔から更に生気が失われる。他の隊員達も同様に、声を押し殺して震えていた。
それが先発部隊が自爆行為をしたことを、隊員達も当然ながら知っているのだ。
どう足掻いても勝機などない戦線である。残された選択肢は敵軍の捕虜になるか、名誉のために散るか。
先発部隊が選んだ名誉が、敵軍を巻き込んでの自爆であった。部隊長の命令だったと聞く。
オデュリガスは恐怖でガチガチと歯を鳴らしている。そしてスマートフォンに表示されたチャットの文章を、目で追い続けた。
「何が戦闘中だよ、クソが。こっちは戦線の真っ只中なんだよ。何が会話中だよ、ふざけんな。平和ボケしやがって」
ブツブツと独り言を呟くオデュリガスだったが、他の隊員は見向きもしない。何故なら彼らも、他人に構っていられるような精神状態ではないからだ。
スマートフォンを乱暴に押して、ただただ文字を入力していく。
話し相手は誰でも良かった。平静を装ってチャットをしていることが、唯一オデュリガスの精神が暴れないように制御しているのだ。
そんな魂の寄りどころであるスマートフォンを、上官が無慈悲に奪い取る。
そして替わりに冷たく重い一丁の拳銃を握らせる。
「玉は一発しか入っておらん。自ら引き金をひけない奴は申し出ろ。俺が介錯してやる」
次々と隊員達に拳銃が手渡される度に、すすり泣く声が合唱のように響き渡る。
「我が部隊は敵軍の捕虜なんぞには決してならん。潔く自決を図ろうぞ、戦友共!」


system:オデュリガスさんがチャットルームから抜けました。

お題提供・ランチパックの巴御前、すばるん Thanks!
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22:46  |  三題噺  |  CM(0)  |  EDIT   このページの上へ

2011'10.29 (Sat)

ペッカ・ドラゴン・ペンギン

お題「ペッカ・ドラゴン・ペンギン」

『ペッカを求め、ペッカに従いなさい』
しんだ僕のおかあさんがいった言葉だ。
ペッカが一体どういう意味なのかわからない。物だろうか、人だろうか、場所だろうか。
僕はそのペッカをさがす旅をしている。ペッカのほんとうの意味をしることが、いまの僕の目標だ。

遠くからペタペタとあるいてくる音をきいて、僕はかおを上げた。
「トゥバンくん、大発見だよ!」
チノリピオーくんのはずんだ声に、僕もおもわずガバッと体をおこした。
その拍子にたたんでいた翼も大きく広げてしまって、ペンギンのチノリピオーくんが風で後ろにころがってしまった。
「あ、ごめん!大丈夫かい、チノリピオーくん」
「もうトゥバンくんは。君は時々、自分がドラゴンということを忘れてしまっているよね。僕はいつもハラハラさ。こないだもそうだったね。コリブ渓谷に行ったときさ」
短い左手でこしをさすりながら、チノリピオーくんは僕にお説教をする。僕は首をすくめて大人しくきいた。
この子が僕といっしょに旅をしているチノリピオーくんだ。
僕の爪先くらいのおおきさしかないペンギンだけど、僕よりもたくさん色んなことを知っている。
旅の途中でしりあったのだけど、チノリピオーくんは将来、学者さんになりたいらしい。だから勉強のために、いっしょにペッカを探してくれるといってくれたんだ。
いまではすっかり、僕の大親友だ。

「それでチノリピオーくん、大発見ってなに?」
よく動くクチバシを見つめながら僕は訊ねる。まだ言い足りない様子だったけど、チノリピオーくんは咳払いをしてお説教をやめた。
「ここから少し行った街にね、有名な教授がいるんだ。僕と同じペンギンの種族だけど、とても優秀なお方さ」
「きょうじゅ?」
「あぁ。ペッカの研究をしている第一人者さ」
僕は嬉しさのあまり興奮して、足を踏み鳴らした。そのせいで地面が揺らいで、チノリピオーくんはアワアワと転げ回った。
「ちょ!トゥバンくん!落ち着いて!あ、痛!」
チノリピオーくんの声で僕はハッと我にかえる。気付けば地面のあちこちに地割れができていた。
「君は本当にドラゴンだという自覚がないな!いや、ドラゴンそのものだよ!感情で行動し過ぎ!」
倒れたままプンスカ怒るチノリピオーくん。僕はシュンとうなだれながら、目の前の親友をジッと見つめていた。
ムチムチと健康的な腿やよく張ったムネ肉。おもわずゴクリとのどが鳴る。
感情で行動っていうけど、僕だって結構がまんしているんだけどな。
チノリピオーくんといっしょ歩いていると、みんな不思議そうな顔をするんだ。
からだの大きさとかじゃなくて、種族が違うからとかじゃなくて。
前にたまたま森で出会った僕の友達ドラゴンが、何も言わずチノリピオーくんに噛みつこうとした。
怒って尻尾で叩きとばしたけど、その友達はすごくビックリしていた。そしてこんなことを言ったんだ。
『悪い悪い。お前の飯だったか』
僕にとってチノリピオーくんは親友だ。彼がペンギンで僕がドラゴンなんて関係ない。僕達はずっといっしょにいるんだ。
「ちょっとトゥバンくん。聴いているのかい?また頭の中が大空を駆け巡っているよ」
後ろ足をクチバシで突っつかれてハッとする。
「あ、うん。ごめん」
僕は無理矢理に牙を見せて、苦笑いをした。
そうだ。チノリピオーくんは親友だ。
だから彼を見て、美味しそうとか思ってはいけないんだ。

それから僕達はどうでもいい話をしながら待った。
その教授さんが、なんと僕に会うためここまで来てくれるらしい。
僕は街中までいくとみんなを驚かせてしまうから。しんせつな教授さんだ。
しばらくすると、ペタペタという足音と共にメガネをクチバシの上にのせたペンギンがやってきた。
「ほほう。これはなかなか立派なドラゴンだ」
僕をみあげながらそのペンギンはいった。
「は、はじめまして。トゥバンっていいます」
僕からすこし距離をあけてジロジロ見つめる教授さん。こっちは緊張で、尻尾をブンブンと振るしかなかった。
「あなたは、ペッカの意味を知らないそうな」
「は、はい!そうです!」
「トゥバンくんのお母さんがね、亡くなる前にペッカを求め従えと言葉を残したのさ。だから彼はペッカの意味を探してずっと旅をしていたんだ」
「う、うん!」
緊張のあまり、口からファイアブレスを吐かないようがまんするのが精一杯な僕のかわりに、チノリピオーくんが助けぶねをだしてくれた。
嬉しくて顔を向けると、チノリピオーくんは軽くウィンクをした。
「それで教授、ペッカとは一体なんでしょうか?物?人?場所?」
僕がきくより先にチノリピオーくんはきく。すると教授はメガネの奥にある小さな目をとじて、首をふった。
「どれも違う。ペッカとはそういう具体的なものではない」
「では、一体……」
「いうなれば、ドラゴンであるがための矜持……プライドかの。ペッカとは、常に己の魂を試す行為を意味する」
話がチンプンカンプンだ。教授さんの難しい言葉に頭がグルグルする。
「プライドを試す行為とはなんだい?そもそもそれはドラゴンとして、必ずしなければいけないのかな」
頭が悪い僕にかわってチノリピオーくんが話を進めてくれる。
「必ずしもすることはない。ただし……」
そこで教授さんは片目だけ開けて、まっすぐ僕を見た。
「心にやましいことがあるならば、気高きドラゴンとしてペッカを試さなくてはならん」
ドキッとした。心臓が驚いたときみたいにバクバクいっている。
「ドラゴンとはこの世で最も優れた種族。それは屈強な力を有するがためでなく、誇り高き魂を数百年に渡り保ち続けるからという。故に己の心にやましいことや卑しい気持ちがあるときには、自らの心臓でもある頭の角に賭けなくてはならない」
「頭の、角に?」
「そう。角を真下に、宙より地上に向けて落下をするのじゃ」
その場面を想像しただけで心臓がとまりそうになる。頭から生えた角が折れてしまったら、僕達ドラゴンは死んじゃうんだから!
「ただし、いやしい魂に打ち勝つ気持ちの強さがあるならば、角は折れず更に強大な力を得るであると伝え聞く」
そう言うと、教授さんはまた目を閉じた。それまでだまって話をきいていたチノリピオーくんは、急にわらいだした。
「なんだ、ペッカってそんなものだったとは!なんだか拍子抜けだよ!トゥバンくん、どうやら君には全く関係ないものだったようだよ。だって君は誇り高いドラゴンだ。ペッカを試さなければいけないほど、やましいことなんてないだろう?」
両手をパタパタさせながら笑顔をむけるチノリピオーくん。でもその笑顔がくもったのを見て、僕は目をそらした。
「まさか君ほどのドラゴンが……。悪い冗談なら止めなよ。僕はそんな情けない顔をする君なんて見たくない」
胸がくるしかった。
チノリピオーくんがガッカリして僕をみつめる。僕は一番やましいと思われたくない相手に、やましさを持っているんだから。
君を食べてしまいたい、だなんて。親友失格だ。
僕はおおきく翼をひろげると、地面を蹴って浮上する。その風圧でチノリピオーくんと教授さんは、象四頭分くらいの距離ほど吹き飛ばされた。
「トゥバンくん!何をする気だい!」
「ペッカに決まっているよ!」
ぐんぐん上昇しながら僕はこたえた。地面ではまだチノリピオーくんがチャンチュン何か言っているけど、もうきこえない。
僕は雲の高さまでつくと、そのまま頭を下にして翼をたたんだ。
僕はきみの親友にふさわしいドラゴンになりたいんだ。やましい気持ちなんて持たずに、きみと向き合いたいんだ。
だから、この角を賭けてペッカをする。
僕の体はスピードをつけて、地上めがけて落ちていく。そして地面につくと思った瞬間、僕の目はチノリピオーくんをとらえた。
なぜだか、わからなかった。
チノリピオーくんは、笑っていた。


地面に墜落したドラゴンの衝撃は凄まじいものだった。
地球の一部が抉れるほどの爆発。次いで大地が震えるほうこうを放ち、ドラゴンはぐったりと横たわった。
その巨体が見る見るうちに生気を失い、岩肌にも近い頑丈なウロコは砂と化し崩れ落ちていく。
するとウロコばかりではなく、全身が砂となっていく。一分もしないうちに、その場には小高い砂山が築かれた。
俺はクチバシを歪め、声を出さずに笑った。
「こいつ、デザートドラゴンだったんだな。スカイドラゴンだと死ぬ瞬間に気体化すると聞く。デザートだけに砂かよ」
俺は間抜けなドラゴンの亡骸に歩み寄ると、前足で砂山を蹴り上げた。
「まんまと騙されやがった!なんて単細胞なんだ、ドラゴンってやつは!」
砂が宙に舞いキラキラと輝く。俺はそれが可笑しくて、何度も砂を蹴り上げた。
「まったく見上げた奴だよ、お前は。あのドラゴンを騙し殺すなんてな」
後ろにやってきた仲間ペンギンが呆れたように言う。
「お前だって大したものさ。ちゃんとそれらしく演技していたぜ、教授さんよ?」
「けっ、やめてくれ。目の前にドラゴンがいるってだけで心臓が縮み上がったぜ」
そう言ってそいつはクチバシの上に乗ったメガネを投げ捨てる。そしてさも愉快そうに言った。
「しかし、己を試すのがペッカってなんだよ。んなわけあるかっての。なんであのドラゴンは真に受けるんだろうな。相当にバカだろ」
爪先にこつりと何かが触れた。俺は足で砂をササッと掻き分けてそれを取り出す。
リンゴほどの大きさを持つ宝石だ。
「だよな。これが本物の『ペッカ』だっていうのに」
ドラゴンは死ぬと、亡骸と共に巨大な宝石を残すという。別名ドラゴンの心臓と呼ばれるコレこそが『ペッカ』なのだ。
俺はペッカを手の上で転がしながら、苦々しい記憶を思い出していた。
まだ小鳥だった頃、俺の母親はこのドラゴンから無慈悲に喰い殺された。
躊躇なく頭からぐしゃりと巨大な口に飲み込んでいくのを、俺は震えながら眺めていた。
「あいつは素知らぬ顔をしていたがな、俺のことを舌なめずりしながら横目で見ていたのに気付かないでいたと思ったか。肝を冷やすこともあったが、今回はそれを利用させてもらったんだよ」
反吐が出そうな友情ごっこが好きそうなあいつに、今までずっと合わせていたんだ。それもこれも、母親の復讐をするためだ。
あいつの心臓、ペッカをこの手中に納めたカタルシスに心が震える。
食物連鎖を覆してやった。俺は自らの力でドラゴンを殺してやったのだ。
「なあ、チノリピオー。そのペッカをどうするんだ?」
「売っ払うに決まっているだろ。ペッカに高値が付く話は有名だからな。久しぶりに新鮮なニシンを山ほど食いたいぜ。お前にも世話になったからな。一杯おごるさ。それともメスペンギンでも漁りに行くか?」
好色にクチバシを歪める仲間に、俺は不敵に笑って返してやる。
そして手元にある資金源に目を落とす。そこで俺は首を傾げた。
ペッカが少しずつだが、小さくなっている気がする。いや、よく見てみると段々と溶けているのだ。
「おいおい、なんだこりゃ」
宝石の表面が氷のように溶けていく。俺は慌ててもう片方の手を受け皿のようにしたが、濡れた感触は全くなかった。
溶けたペッカは滴り落ちるでもなく、俺の手の中に吸い込まれていく。第六感で危険を察知したときには既に遅かった。
体がムズムズするなと思うやいなや、腕や足の筋肉が膨れ上がっていく。そればかりか尖ったクチバシは横に裂け、牙がびっしりと生え揃う。飛ぶことを忘れた手羽は湖より広い翼に変わる。
気付けばじぶんの目線が、雲にとどくほど高くなっていた。
魂がなにかをせき立てる。なんだか、ひどくあばれたい気持ちだ。
あの森をおれのはきだす炎で焼きつくしてやりたい。
あの山をおれのしっぽで粉々にはかいしてやりたい。
そのまえに、はらがへった。
なにか、くうものはないか。
しんせんなにくが、くいたい。
なんだ。めのまえにペンギンがいるじゃないか。
ふるえてやがる。

くっていいよな。

おわり


お題提供・ギルマスのエバさん。Thanks!


00:26  |  三題噺  |  CM(1)  |  EDIT   このページの上へ

2011'10.21 (Fri)

銀行・郵便・彼女

お題「銀行・郵便・彼女」

「鈴木さん、現金書留です~」
呼び鈴が鳴るより先に、決まってその声は聞こえてくるのだ。
そして少し遅れて鳴ったチャイムが合図のように、俺は憮然とした顔を作って狭い玄関の扉を開けた。
「鈴木さん、現金書留です~」
郵便配達員の女性は朗らかな笑顔を浮かべながら同じセリフを言い、書留の便箋を差し出した。
俺は慣れた手つきでサインを済ませ、それを受け取る。自然と頬が緩んでしまった。
差出人が誰であれ、今の生活がこの現金で支えられているのは事実なのだから。
配達員の視線に気付き、俺はハッと口元を引き結ぶ。顔を上げると、嬉しそうに目を細めた女性が口を開いた。
「鈴木さん、小説の方は進んでらっしゃいますか?」
女性の笑顔が眩しかったからだろうか。俺は横を向いて口ごもりながら答えた。
「いや、全然……」
「そうですか……」
いやに残念そうな声を出すので、俺は取り繕うように言葉を続けた。
「でも進んでないって言ったって、文章に起こしてないだけだから。あらすじは九割方整っているし、構成も悪くないと思っている。自分なりには、かなり自信作になる予定」
すると女性は途端にパァっと顔を輝かせた。朝日を浴びて花開くスミレとでも言ったような、人を虜にしてしまう笑顔だった。
「良かった。その作品でデビュー出来るといいですね。私も応援していますから」
俺は鼻の頭を掻きながら目を泳がせた。

その後も女性は、食事はちゃんと摂っているかとか最近は寒くなってきたけど風邪は引いてないかとか、他愛のない話題を振ってきた。
そして一通り話も尽きた頃に、満足げな表情と丁寧なお辞儀を残して扉を閉めた。
アパートの階段を降りていく足音が消えたのを見計らって、俺は忙々と便箋を破り開けた。
中からは現金が十万円と、そして一通の手紙。
俺は一万円札を乱暴に机の上に投げて、手紙に目を通した。
『拝啓、鈴木様。めっきり寒くなりましたが、いかがお過ごしですか?』
綺麗な文字で綴られた彼女の短い文章を、俺はゆっくり噛み締めるように読み進めた。
さほど長くもない文章を読み終えると、反芻するようにもう一度最初から読む。気持ちが春の日差しを浴びたみたいに、温かくなっていった。
手紙をきちんと畳んだ俺は、大きく伸びをしてゴロンと横たわる。
そして手の先に触れた文芸雑誌をパラパラと捲りながら、毎月届く謎の現金書留について思考を巡らせた。

初めて届いたのは半年前になるだろうか。
大学を卒業し、就職活動もろくにしないで俺は作家になる道を目指した。
東北の片田舎にある実家を、親とケンカをして飛び出し東京にやってきた。ビル群の谷間から覗く狭い空を見上げていれば、自分も夢に手が届く気がした。
しかし現実は当然ながら甘くなかった。
必死になって仕上げた作品だったが、新人賞では落選ばかり。生活もジリ貧で、アルバイトで食いつなぎ睡眠時間を削って小説を書く日々は、確実に俺の意気込みを削ぎ落としていた。
かといってオメオメと地元に帰るのもプライドが許さない。されとして追い詰められていく毎日に焦るばかりだった。
そんなある日、あの郵便配達員が呼び鈴を押したのである。
毎月定期的に届く現金書留には、決まって十万円に一通の手紙が添えられていた。
初めはひどく不気味に感じて、一ヶ月間はそのお金に手を出せなかった。
当然だ。差出人もわからない十万円という大金である。
こちらはボロアパートに一人暮らしのフリーター青年。手を着けようものなら、何か危ない仕事でもさせられるのかとビクビクしていた。
翌月も書留を持ってきた配達員に問い詰めたが、差出人は自分も知らないと言うばかり。使っても問題ないのでは、と楽観的なことまで言う始末。
とにかく怪しいことはこの上なかったが、経済的にも精神的にもカツカツな生活に、十万円は砂漠での一杯の水に匹敵した。
そしてお金を使おうと決心させたもう一つのきっかけが、彼女からの手紙だった。
彼女といっても、当たり前だが手紙にも差出人は記載されていない。だが綺麗な文字や柔らかい文体で、それを書いたのが女の人だと思った。
内容は毎度ながら季節のことや何気ない日常について。本人を特定するような記述は一切なかった。
しかし文章の端々で、遠回しに俺を気遣うのが感じられた。
どことなく郷愁を誘う文句、時には弛みそうな生活をやんわりと正してくれる励ましなど。
姿が見えない彼女に、俺はいつしか支えられているのに気付いた。
見ず知らずの一方的な手紙に文章だけで魅了されるなんて、物書き志望の自分としても学ばされるところもあったし。
俺はむくりと起き上がると、使い古したノートパソコンの電源を入れた。
やたらうるさいファンの音を聞きながら、次に書く作品の資料に目を通した。
おかげで今となっては、余計な心配もせず小説に集中出来る。
新人賞に入選しデビューするのが、彼女への一番の恩返しだと思った。

そして思い過ごしかもしれないが、あの郵便配達員の女性も彼女と通じ合っているような気がしてならなかった。
歳は俺と同じ頃だろうか。いつも遅い時間に配達にきて、こちらのことを伺ってくる配達員。顔つきはやや大人びているが、無垢な笑顔に時々ハッとすることがある。
あの配達員にデビューしたことを伝えれば、もしかして彼女に伝わるかもと、浅はかな妄想を糧にして俺はキーボードを叩いた。



季節はモノトーンの冬を越え、木々の芽吹きが薫る春を迎えた。
俺は陽気な日差しにつられて浮き立つ足をそのままに、街を歩く。隣の地区にある銀行へと向かっていた。
秋に小説を応募した出版社から嬉しい頼りが届いたのが、ちょうど先月の現金書留がきた翌日だった。
惜しくも大賞は逃したが、佳作入選。出版まではいかないが担当編集者をつけてくれるという。ようやく一歩前進出来た喜びに、俺は隣人がいるのも忘れて大きな歓声を上げた。

久々に背筋を伸ばして見上げた街並みは、何もかもが輝いてみえた。
すれ違う人も自分を祝福しているかのように感じるほど、俺の心は弾んでいた。
買い物以外で街に出るのは久しぶりだった。佳作の賞金がいくらか出たので、銀行振込がされていたのか確認するためだった。
あいにく通帳を作った近所の銀行が改装中とのことで、隣の地区にある支店に行くはめになったが気にしない。
天気もいいし気分もいい。三十分も歩けば着くだろうし、ちょうど良く散歩でもしたい気分だった。
これからの未来を展望しながら、そして陰ながら支えてくれた彼女にどうにかお礼を伝える方法がないか模索しながら。

銀行に到着した俺は、整理券を受け取り椅子に腰掛けた。
店内を見渡すとスーツを着たサラリーマンや主婦など、様々な人間が出入りをする。そして窓口を担当する行員は、せわしなくも笑顔を絶やさずに応対をしていた。
自分も作家など目指さずに、大学時代に真っ当な就職活動をしていれば今頃はあんな風になっていたのだろうか。そんなことをぼんやりと考えながら、何気なく眺めていた。
その時、ある行員が目に留まったと同時に、俺の心臓は有り得ないほど乱暴に跳ね上がった。
四つある窓口の一番奥で、初老の男性を応対していた行員が、いつも現金書留を届けてきた郵便配達員の女性だったのである。
初めは他人の空似だと思った。しかし、営業スマイルではなく純真に微笑むようなあの笑顔は、間違いなく例の配達員だった。
あまりにも呆気に取られながら凝視していたのだろう。視線に気付いた女性は、ふと横目でこっちを見たのである。
その途端、笑顔が凍り付いた。
一瞬だけ目を泳がせたが、すぐに初老の男性に向き合う。しかしあからさまな動揺が、離れたここまで容易に伝わってきた。
俺は混乱のあまりどうしたらいいか分からず、整理券を投げ捨てるとそのまま銀行から出て行った。



呼び鈴が鳴った。
外は雨が降りしきっていて聞き取り辛かったが、来訪を告げる声はなくただ呼び鈴が鳴っただけだった。
玄関の扉を開くとそこに郵便配達員の女性が立っていて、ポソリと一言「書留です」と呟いた。
今日は配達員の格好ではなく私服だった。それがこの女性が本当は郵便配達員などではなかったことを、如実に物語っていた。
いつもの笑顔はなく俯いたまま書留を差し出した女性の手をピシャリと払った。
地面に落ちる便箋。
「あんた、誰だよ」
驚いて見開いた女性の瞳に、見る見るうちに涙が溜まっていく。一瞬だけ心が怯んだが、俺は口調を強く言った。
「本当は銀行員なんだろ。なんで配達員の格好をして毎月毎月、金を届けていたんだよ。からかっていたのか」
「……ごめんなさい」
鼻を啜りながら、蚊が鳴いたような声で返事をする女性。
俺はさらに声を荒げた。
「ごめんなさい、じゃわからないんだよ! 一人暮らしの貧乏を哀れんで施しでも与えたつもりか! ふざけんな!」
「ご、ごめんなさい!」
身を竦めて嗚咽を洩らす女性。その様子に悪気がないのはハッキリと感じられたが、それでも俺の怒りは収まらなかった。
「金もあんたの財布から出したのかよ。よくも毎月十万も他人にあげられるもんだな」
すると女性は顔を上げて即答した。
「違います! 私じゃありません! 私はただ、届けただけです!」
あまりにも真剣な表情だった。涙でグシャグシャになった瞳に、グッと言葉が詰まる。
「じゃあ、誰からの現金書留だったんだよ」
「……ごめんなさい」
それからは何を聞いても同じだった。
ただ、ごめんなさいと繰り返す女性に、俺はそれ以上の追及はやめた。
そして最後に「もう来るな」と告げると、女性は激しくむせび泣きながら深く頭を下げて扉を閉めた。
やるせない気持ちで、しばらくぼんやりと扉を見つめる。そして地面に落ちたままの便箋を拾った。
今日も同じく差出人は不明。俺は乱暴に封を切ると、中に入っていた手紙を見つけた。一緒に入っていた一万円札の端も、少し切れてしまっていた。
『拝啓、鈴木様。お変わりはありませんか?』
いつもながらの丁寧な書き出しを、俺は鼻白んで読み下した。結局、この彼女も俺を騙し続けていた共犯者。いや、主犯だったわけだ。
俺は舌打ちをして続きを読む。
『今日でこの手紙も最後になるでしょう。本当ならばもう少し早く気付くものだと思っていましたが、やはりあなたは昔から変わっていないようですね。他人に対して注意深さがないというか、洞察力が鈍いというか』
首を傾げると同時に、とてつもなく嫌な予感が胸をよぎった。そしてその次の一文を読んで、俺は目玉が飛び出すほどに驚愕した。
『私はあなたの母ですよ。何故、筆跡で気付かないのでしょうか』
母ちゃんだった。
信じられなくてその一文を何度も読み返す。そして血の気がサァと引いた次に、ドッと羞恥心が湧いてきた。
俺は自分の母ちゃん相手に恋い焦がれていたのか。マジで死にたくなってきた。
落ち込みながらも続きを読む。
『騙していたことはお詫びします。本当にごめんなさい。でも、私のことは何と罵っても構いませんが、あの子のことは決して責めてはなりません』
あの子、と聞いて真っ先にさっきまでここで泣いていた女性の顔が浮かんだ。
『毎月、この手紙とお金を届けてくれたあの子のことを、あなたは結局最後まで思い出せなかったのですね。あの子は小早川麻里さんです。覚えていますか?』
小早川……麻里。誰だ?
俺は一旦、手紙から目を離し天井を仰ぐ。そして記憶を中からその名前を辿り、繋がった。
当時の情景がありありと蘇る。
消毒液の香り、白いシーツ、窓から見えた工場の煙突、そして……無愛想な痩身の少女。
『あなたが入院中に仲良くしていた女の子ですよ』

俺は昔、入退院を繰り返すほど病弱な少年だった。
学校も行ったり行かなかったりしていたので自然と友達はいなく、母ちゃんが買ってくる本だけが唯一の友達だった。
そんな小学五年生の時、また病状が悪化して入院した俺の隣のベッドにいたのが、小早川だった。
彼女も俺と同じように、入退院を繰り返していたのが雰囲気でわかった。
他人はおろか、自分にも諦めたような虚ろな表情。まともな運動をしていないのが分かるガリガリの体。
俺をそのまま分身させたような少女に、並々ならない興味を抱いた。話しかけてもむっつりとしてばかりだが、俺は気にせずに色々と話しかけた。
自分の本を貸してやったり、看護婦相手にイタズラをし、怒られるのを見せて笑わせようともした。
初めは煩わしげにしていた小早川だったが、徐々に心を開いてくれた。
天気の良い日には病院の庭で散歩をしたり、俺達の灰色がかった入院生活が色鮮やかに変わっていった。
しかし、そんな日々にも別れが訪れる。
病状が落ち着いてきた俺は、小早川よりも先に退院をすることになった。
また病室に独り取り残される彼女に、俺は一番お気に入りだった本をプレゼントした。
いつか病院の外でいっぱい遊ぼう、と約束をして……。

『小早川さんに会ったのは本当に偶然でした。彼女が年末に地元へ帰っていらして、バッタリ街中で再会したのです。私のことを覚えているのにも驚きましたが、あなたが彼女の勤める銀行の近くに住んでいると聞いて、さらに驚きました』
そう言われてハッと思いだした。
確かあれはアパートに引っ越してきてすぐの事、若い女性銀行員が外回りの営業で訪ねてきたのである。
やたらと挙動不審だったので気味悪かったか、今思い返せば、あれが小早川だったのだ。
『あなたが家を飛び出した経緯を話すと、彼女はこの郵便配達を提案したのです。隠していたのに、恥ずかしくも小早川さんに親として心配な思いを見抜かれてしまったのですよ。それにあなたのことです。私が素直に渡したお金など、すんなり受け取るはずもなかろうかと』
顔が熱くなる。あの無垢な笑顔を持つ女性に、自分はそこまで慕われていたのか。
今までの生活を過ごせたのは、小説が入選するまで支えていてくれたのは、「彼女」ではなく小早川だったのだ。
『先日、小早川さんは泣きながら電話をしてきました。ついにあなたへバレてしまった、きっとあなたは傷付いている、と。確かに私達があなたにしたことは、嘘混じりの戯曲のようなものでしょう。ですが、考えてみて下さい。母親である私ならここまでして当然かもしれませんが、赤の他人である小早川さんがここまであなたのために尽くしたのは、何故だったのかを。そしてもう一度、しっかり彼女と向き合ってあげて下さい。今度はあなたが、何かをして上げる番です。
それでは、これからもお体に気を付けて。立派な小説家になって下さい。
追伸。正月くらいは帰ってきなさい。お父さんも寂しがっています』
俺は最後まで手紙を読むと、深い溜め息を吐いた。
「相変わらず偉そうに説教しやがって。今更、そこまで言われる筋合いないっつうの」
わざと強がった独りごとを呟いて、俺は玄関に掛けてあったウィンドブレーカーを持ち、サンダルを履いた。
うちのボロアパートの階段は鉄製で、足音がよく響く。夜中はうるさくて敵わないが、たまには役立つ時もあるものだ。
扉を開けて外に出る。そして階段に腰を下ろしていた女性に声を掛けた。
「春にはなったが、夜はまだ冷える。よかったら、うちに入れよ。風邪引くぞ」
丸めた背中がピクッと反応した。そして肩が小刻みに震える。
「また色々と話をしようよ。あの病院のベッドにいた頃みたいに。な、小早川?」
肩の震えが大きくなる。それにつれてすすり泣く声も大きくなっていく。
俺は小早川に歩み寄ると、その震える肩へウィンドブレーカーを優しく掛けてやった。



「……という話とか、どうですかね?」
「没、だ」
俺が書いたプロットを読みながら、担当の佐竹さんは無碍もなく言った。
ばっさりと切られて落ち込む俺に、佐竹さんは容赦なく意見を述べた。
「確かに意外性がある新作は期待していると言ったよ。でもね、なんで純愛もの? 君の持ち味はしっとりと読ませるサスペンスホラーだろ。前作はファンにも好評だったんだし、それを売りにしていかないと」
苦笑いをしてコーヒーを啜る。案の定の酷評に、ただ頭を垂れるだけだった。

帰宅すると、妻がリビングのソファーに腰掛けながらのんびりとテレビを眺めていた。
「ただいま。やっぱりダメだったよ」
声を掛けると、妻は笑いながらお茶を淹れてくれた。
「そりゃそうでしょ。あなたの売りはサスペンスじゃない」
担当と同じことを言う妻に、俺はまたもや苦笑いをした。
「事実は小説より奇なり、って言うじゃないか」
「それは単なる作り手の言い訳ですよ、先生。事実以上に奇抜な作品を早く生み出して下さい」
そう言って妻はわざとらしく俺の肩を揉む。
ちょうど凝っていたところだったので、俺はされるがままにしていた。
「それにそのストーリーには、近々新キャラも登場する予定だし……」
俺は首を傾げて言葉の意味を考える。そしてその真意に気付き、ガバッと後ろを振り向いた。
きっと俺も同じような顔をしているのだろう。麻里は満面の笑みを浮かべていた。
そしてゆっくりとお腹をさする。
その表情はいつもと変わらない、人を虜にしてしまう無垢な笑顔だった。

おわり

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2011'10.21 (Fri)

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