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2010'09.06 (Mon)

私の星乞譚。 第十五章

「星座を形成する恒星は九つ。二重星はまだ確認されてないけれど、もう少し精巧な望遠鏡で観測しないと断定できないわ。誕生した日にちは三月十二日の七時四十八分。全体の大きさは九四七平方度。正中時刻は四月十五日に十一時」
用紙も読まずに淡々と語る朔張校長を前に、私と鎌田君はただぼんやりと聞いていた。
「さらに星座の中に二等星級以上を三つも有しているなんて。これは間違いなく春を代表する星座と呼ぶに相応しいわ。星主達の思いが余程強固だった証拠ね」
そして朔張校長は口元を下弦の月のようにニンマリと歪める。私達は恥ずかしくて、お互いに照れ笑いを向けた。

鎌田君と星結いをしてから三日後、私達は朔張校長に呼び出された。
と言っても、やはり星結いをしたカップルのプライバシーを保護するためか、かなり回りくどい呼び出し方法だったけど。
まず、私は三時限目にあった星乞譚の授業後に、明天先生から授業で使った教材を備品庫へ返してくるよう頼まれた。そして備品庫の指定された棚に教材を戻そうとすると、私宛ての封筒を発見。そこへ放課後に校長室へ来るよう指示があった。
普通に口頭で伝えてもいいと思うんだけど……。
校長室へ行くと、私より先に鎌田君が来ていた。しかも何故かサラリーマン風の変装までさせられている。どういった経緯で変装したのか気になったけど、逆に怪しまれはしないか。
私達に気を遣ってくれるのは嬉しいけど、何だか先生方、楽しんでいるんじゃない?
そして朔張校長は私達が名付けた星の名前と、星結いをした状況を詳しく事情聴取した。思い出すだけでも顔から発火ものなのに、かなり詳しく聞き出されて、恥ずかしいったらなかった。しかも星座に与える影響とか何とかいって、キスをしていた時間まで聴かれるなんて……。
校長先生、ニヤニヤし過ぎ。絶対わざとだ。

「さて、この誇り高き星座の主である二人に尋ねます。星座名は、如何しましょうか?」
私は鎌田君に視線を移す。彼も同じように私を見た。話し合うまでもない。星座の名前はとっくに決まっている。
「獅子座……が良いと思います」
二人を代表して鎌田君が答える。それに対して朔張校長は微笑みを浮かべると、ゆっくり頷いた。
「良い名前だわ。星座の形もまさに凛々しく堂々と鎮座した獅子そのもの。春の夜空に誕生した百獣の王はきっと後世まで末永く、玉座に君臨し続けることでしょう」
校長先生につられて私達も頬を緩める。忠義の淑女にそこまで言われると、何だか本当に誇らしく思えてくる。
「そしてもう一点、この星座に素晴らしい発見があったの。お二人はロイヤル・スターをご存知?」
校長先生の質問に、私達は揃って首を横に振る。天文には詳しいつもりだけど、その単語は初めて耳にする。
「知らなくて当然でしょうね。ロイヤル・スターとは、私が夜空を巡る導線上に誕生した一等星を指すの。現存するロイヤル・スターは秋の一つ星であるフォーマルハウト、ただ一人。でもこの度、新たな王が誕生したわ」
「もしかして……コルちゃん、ですか?」
「御明察ですの。獅子座アルファである、コル・レオニスの名を冠した星がロイヤル・スターであることが判明しました。南の王に次ぐ、北を統べる王の席にコル・レオニスが着座するにあたって、私から北の王に二つ名をプレゼントして差し上げたいの。受け取って下さる?」
 柔らかく、それでいて威厳を損なわない態度で居住まいを正す校長先生に、私も無言で頷く。そして校長先生から賜るであろう二つ名を受け入れる心構えをした。

「レグルス。小さな王、という語義ですわ」

レグルス……、いつも私を励ましてくれた、気高いあの子に相応しい二つ名だ。朔張校長の口から発せられた言葉が、私の胸にスッと落ちる。

「はい。コルちゃんにぴったりな名前です。小さいってあたりが控え目な感じで」
「そう言って頂けると光栄だわ。ちなみに、ロイヤル・スターには恒光石の頃にある特徴を持っているの」
「宙を舞う、ですか?」
「そう。浮かぶ恒光石なんて今までフォーマルハウト以外、耳にしたことがなかったわ。だからこれまで特例だと思っていたけど、レグルスのおかげで一つの指標が証明出来たんですの。これもひとえに、夏日ちゃんの功績もあるかしら?」
それを聞いて思い出した。あの放課後に夏日先生とお話したことを。先生はコルちゃんを見て、ロイヤル・スターの恒光石だと感づいたのだ。
今にして思えば、夏日先生は私がやまねこ座を勘違いしたことも見抜いていた。だから最初のうち、あんなにも話が噛み合わなかったのだろう。
「夏日先生とお話した時、最後に『頑張ってみろ』って励まされたんです。あの後押しがなかったら、私はきっと鎌田君へ星結いをしなかったと思います」
夏日先生には本当に何度お礼を尽くしても足りないくらい感謝している。でもそれは、先生が星結いへ介入したことにならないかと、少し不安に思った。
「夏日ちゃんは惑星の中でも特段、情に厚い方ですから。しかし、随分とあからさまに背中を押してくれましたわね」
「わ、私は何とも思っていませんよ! むしろ助かったくらいですし! だから、その……夏日先生を責めたりとか、しないでもらえればと」
途端に両目を満月みたいにまん丸とする朔張校長。そして次には口元に三日月を浮かべた。
「まさか、責めるなんてするはずもありませんわ。確かに我々は人々の星結いへ深く干渉することを禁じておりますが、それはあくまで自戒であって罰するほどでもありません」
「でも引力の鎖で互いを縛り付けているって」
「それは単なる比喩表現ですわ。まさか本気にされてしまうとは思いも寄りませんでした」
少女のように明け透けと笑う朔張校長。隣の鎌田君は何の話か着いてこれず、手持ち無沙汰に微笑んでいる。
ひとしきり笑ってから、朔張校長は窓の外に目を向ける。
もう下校時刻は過ぎているだろうか。西日というには弱々しい明かりが黄昏時を告げていた。
「さて、今日は楽しいお話を伺えて至極幸福です。私からは以上ですが、お二人から何かございましたらお答え致しますわよ」
話というほどでもないけど、一つだけ気になることがある。
「あの、やまねこ座ってやっぱり、うちの学校の生徒が星結いで誕生させたんですか?」
鎌田君と星結いできた今では関係ない話だけど、あまりにもタイミングが良すぎたから心の隅に引っかかっていた。
すると朔張校長は少し思案した後に、のんびりと答える。
「本来でしたら星座を誕生させた人物については完全秘匿が厳守なのですが、星主同士ということで特別に。やまねこ座を誕生させたのは当校の生徒ではありません。沖縄に通う中学生のカップルでした。それ以上は教えることが憚られますが、ご満足かしら?」
肩をすくめる校長先生に対し、私は深くお辞儀をする。私のちっぽけな杞憂に向き合ってもらい、恐縮だ。
私と鎌田君はもう一度、朔張校長に深々と頭を下げて校長室を後にする。そして去り際、忠義の淑女は優しく微笑んで言った。
「敬虔なる星の導きが巡りますよう。そして、永久の輝きがあなた達の行く末を照らし続けますように」
私は感激で胸がいっぱいになりながら、大きく頷く。
「はい。これからも迷い悩む時には、星空を眺めて校長や彷徨の民、そして数多の星々に勇気を頂きます」
「星空……なんて美しい言葉かしら。私もいつかこの静寂の夜空が星で賑わい、誰もが星空と呼べる日が来ることを祈っていますわ」

学校を出る前に、校舎脇にある体育用具室へ寄る。サラリーマン姿に変装した鎌田君が着替えをするためだった。
「どういった経緯でそんな格好にさせられたの?」
見慣れた学生服姿へ戻った鎌田君に、鞄を手渡しながら尋ねる。
「まずはお昼休みに大木先生から呼び出されて、そのままここへ拉致された。そしたら中に衣装と置き手紙があって、放課後になったら校長室に、って。大木先生、わざわざ俺に当身をあてて気絶までさせたんだよ」
「随分と力ずくだったんだね。良かった、私は穏便で。でもさ、先生方も普通に呼び出してくれてもよかったのに」
「先生達よっぽど楽しんでいるよ、あれ」
「やっぱり、そうだよね」
声を上げて笑いながら私達は校門をくぐった。

町はすっかり薄暗くなっていて、すれ違う人の顔も街灯の明かりがなければ見えないほどだ。そんな夜の帳に紛れ、鎌田君は私の手を握り、自分のポケットへ招き入れた。
冷えた頬と心が温もりを帯びて綻ぶ。そっと鎌田君を盗み見ると、顔を真っ赤にさせながらも強がってか、必死に澄ました態度を取り繕っていた。そんな何気ないことが可笑しくてこそばゆい。
きっと、今の私達の間にあるこの時間を、言葉に表せば『幸せ』なんていうんじゃないだろうか。それほどまで鎌田君の傍にある空間が嬉しすぎて、耐えきれない。
「酒留も知っているだろうけど、俺の家、あんなんだからさ。当たり前の生活とか無理だと思っていたし、誰かを好きでいる余裕もないと思っていた」
少し声のトーンを落とす鎌田君。顔を覗き込んだけど、ちょうど暗がりに差し掛かって窺えない。
「だから酒留を好きになっても絶対幸せにはしてやれないって思っていたし、そもそもこんな俺を酒留が好きなはずないって、諦めていたんだ」
「そんなはずない! 私は鎌田君以外の誰かを好きになるなんて、考えられなかった!」
声を上げてフォローする私に、鎌田君は照れ笑いで応えた。
でも、鎌田君の気持ちも痛いくらい分かる。私だってずっと、自分が鎌田君に相応しくないって思っていたし、彼が私を好きだなんて今でも信じられない。可能性なんて一パーセントもなかった。
相手が何を感じ、思い悩んでいるかなんて、誰にも分からない。
「家の事とかお父さんの事とか、そんなの関係なく私はそのままの鎌田君が好きになったの。もしも落ち込んだり苦しい時があったら、ちゃんと教えて。私はあなたを暗闇から救う星になりたいの」
だから私は、きちんと言葉で伝える大切さを教えてもらった。思いを伝える尊さを、星結いを通して学んだ。
ポケットの中で繋いだ手に力がこもる。私もギュッと手を握り返す。そして鎌田君はさっぱりとした笑顔を浮かべ、言った。
「うん、そうする。俺も酒留が辛いときに、輝く星になって傍にいるよ」
私は鎌田君に体を寄せた。彼のたくましい腕から伝わる気持ちを、一身に受け止める。
「じゃあ私は鎌田君のレグルスだね」
「俺は酒留のデネボラか。そっちより星光は弱いけど、頑張るよ」
「等級の問題じゃないよ。鎌田君はいつまでも私のロイヤル・スターなんだから」
自分で言っておいて、あまりの馬鹿馬鹿しさに思わず吹き出す。つられて笑いを堪えていた鎌田君も吹き出した。
他の人に聞かれたら、さぞかし滑稽な会話だろうし、後から冷静になれば恥ずかしさに身を悶えてしまいそうだ。
でも、いいんだ。こんな他愛ない一時も、言葉に表せば『幸せ』なのだろう。

更新日 9月9日

楽しい時間ほど瞬く間に過ぎていく。普段は長いと感じる通学路も、鎌田君と二人なら短く感じた。気付けば私達が住む地区に足を踏み入れていたけど、空には既に星々が煌めいている。だいぶ遅い時刻になってしまったようだ。
「今度、酒留の親父さんに改めて挨拶にいかなきゃ。親父さん、優しい人だけど恐くて」
キリッと表情を引き締めるけど、どこか及び腰な鎌田君。挨拶だなんてかしこまることはないけど、私は一応励ましておく。
「大丈夫だよ。お父さん、口は悪いけど鎌田君のことは嫌いじゃないはずだから」
お父さんの話で、私は不意にあることを思い出した。
「お父さん、私が鎌田君に星乞いしていることに気付いていた。わざと鎌田君が来そうな時間に店番をしたがる、とか。そういえば、鎌田君も私が店番してそうな時間に来店するって言っていたけど」
眉唾な話だとその時は取り立てて気にすることはなかったけど、バツが悪そうに頭をポリポリと掻く鎌田君を見ると、どうやら図星だったようだ。
「だって中学、小学生の頃は学校が別々だったし、そうでもしないと接点がなかったから。でもまさか親父さんにバレていたなんて。流石というか、侮れないというか」
「私だって全然気付かなかったよ。自分の事で精一杯だったし」
あの夜の騒動以来、お父さんと厚い壁が出来てしまって、まともに目すら合わせていない。お父さん、いつもムッスリと不機嫌そうにしているけど、私達のことはちゃんと見ているんだな。
帰ったら少しだけ、ほんの少しだけお父さんに優しくしてあげよう。あくまで鎌田君が挨拶に来た時、僅かでも機嫌が良いように。

町中と違って、街灯の間隔はまばらになっていく。何処からか夕飯の香りが漂い、野良犬の遠吠えが聴こえてくる。次の角を曲がれば、私の家まではもうすぐだ。
「そういえば昨日、大山から電話がきたんだ」
前を向いたまま、変わらない足取りで鎌田君は言った。胸がグッと詰まったけど、私は俯いて話を促す。
「夜空の獅子座を見て、大山はピンときたらしい。それで俺、ちゃんと伝えたよ。酒留と星結いをしたことを。酒留、あの晩に大山が星結いをしたのを、見ていたんだってな」
あの夜の記憶がモヤモヤと蘇る。あまり思い出したくないけど、あの時は本当に地面が崩れ落ちたような絶望感を味わった。
「俺も気が動転していたというか、急に様々な事があり過ぎて茫然としていたというか。したかったなんて気持ちは全然なかったけど、ハッと気付いたら目の前に大山の顔があって。でもその後すぐにちゃんと断ったんだけど、油断していたというか」
ともえちゃんに唇を許した事を必死に弁明する鎌田君。まぁ、私だって同じ状況だったら毅然と対応する自信はないと思うし。ヒジテツ君の時も感じたけど、星結いの場面って口では上手く言い表せない不思議な空気に包まれていて、ぼんやりしていると唇を許してしまいそうになるから仕方ない。
ただ、それを言い訳っぽく説明する鎌田君に、私はほっぺを膨らませた。理屈では飲み込めない事もあるから、乙女心は複雑なのだ。
私はわざと不機嫌そうな顔をして鎌田君の言い訳を無視して歩く。そして家の通りに続く丁字路を曲がって、その光景に足を止めた。
うちの玄関替わりでもある店の正面に、一人の女性が立っていた。スラッとスタイル良く伸びた肢体に、サラサラの長い髪。聡明で凛然とした表情を曇らせ、思い詰めたようにジッと足元に視線を落としている。
久方振りでまともに目にした親友の姿に、私は鼻の奥にツンとした痛みを感じた。
「あの星結いの後に大山、すごく泣いていた。酒留を裏切ってしまった、申し訳ないことをしてしまった、って。それこそ小学生の頃、野良犬に追われた時みたいに、大山わんわん泣いていた。
本当は酒留と仲直りをしたかったけど、自分のした事をずっと責めていて悩んでいたんだって。俺がこんな事を言うのも変だけど、大山と仲直りした方が良いんじゃないか? 酒留が許してやれば、きっと喜ぶと思うし。何より酒留と大山が昔から仲良くしているのを見てきたから、二人が一緒じゃないと落ち着かなくて」
懸命に説得する鎌田君。私は彼のポケットに入れた手を取り出すと、繋いだ手を解いた。
「……鎌田君に言われるまでもないよ」
一瞬、グッと息を詰まらせた鎌田君の顔を見上げて、私は続けて言った。
「私だって、ともえちゃんと仲直りしたい。ともえちゃんは、ずっと私の親友だもの!」
零れそうな涙を堪えながら、弾けるように駆け出す。
私達に気付いたともえちゃんが、眉をへの字にしたまま顔を上げた。そんな彼女に私は半ば飛び込むように抱き付く。途端に近所中へ響いた二つの喚声に、何事かとお母さんが酒屋から飛び出してきた。
あぁ、こんなにともえちゃんと二人で大声を上げて泣くのは、小学生になる前に公園で犬に追われた、あの時以来だ。

そんな私達を、東の空からライオンが仔獅子を見守るように、笑いながら見下ろしていた。

おわり
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08:46  |  星乞譚  |  CM(4)  |  EDIT   このページの上へ

2010'09.02 (Thu)

私の星乞譚。 第十四章

季節は春へと向かっているのに、天空のステージは未だに冬の星座で賑わっていた。もっとも冬の星座自体、数を持っているわけではない。目立つ星と言えば、ぎょしゃ座のカペラにペルセウス座のミルファクや変光星のアルゴルくらい。星は小さいけど、うさぎ座やカニ座なども愉しげに夜空を駆け巡っている。
そして先月から仲間入りした、やまねこ座を横目で見ながら……。
春の代表的な星といえば、うしかい座のアルクトゥルス。桜が散る頃になれば、東の空から遠慮がちに登場するだろう。北の空ではポラリスを頂に、親熊の北斗七星や古代エチオピア王が静かに見守っていた。
確か高校に進学する時にも、今夜と同じ星を仰いでいた。あの頃は、まさか一年後にこんな気持ちで夜空を見上げるとは思ってもみなかった。
季節は巡り、天空は約束通りに一周した。
変わったのは私の方。

学校から帰ってきて夕飯を食べた後、私は鎌田君を電話で公園に呼び出した。
昔は何度も心の中でその場面を想定してはきっと指が震えてダイヤルを回せないと身悶えていたのに、ごく自然にあっさりと、受話器を握れた。あまりに呆気なくて自分でも驚いた。それはひとえに私が精神的に成長したからか、はたまた一種の諦めが心にあるからか……。
あれほど彼へ星結いをすることに期待と憧れを抱いていたのに、今では虚しい気持ちしか残っていない。だって星結いをした瞬間、お別れになってしまう。淡い初恋とも……恒光石達とも……愛しい星乞いのあの人とも……。
いつまでも大事にしまっていたって意味がないことは分かっている。これを手放さなければ、次へ進めないことも分かっている。
だから、今日でこの気持ちとはお別れしよう。せめて最後に、鎌田君へ伝えたかったことだけは伝えたい。

ダッフルコートの襟をかき、私は凍えた指先に息を吹きかける。白くぼやけた景色の奥に、誰かが公園へ足を踏み入れたのが見えた。
確認するまでもない。視覚よりも先に、私の心の中にある双眼鏡が敏感に反応した。
鎌田君だ。
「ごめんなさい。こんな夜遅くに呼び出しちゃって」
「ん、別にいいよ」
以前と変わらない微笑みを浮かべたまま、鎌田君は私の前に立った。
「何だか、久しぶりだね」
「あぁ、そうだな」
数ヶ月ぶりでまともに直視した鎌田君の姿は本当に以前と何一つ変わってなくて、私が大好きな愛しい彼のままで、私はふいに涙が零れそうになった。
優しく見つめる眼差し。
大きく男らしい無骨な手。
低く心地良い響きを持つ声。
その全てが、私を魅了して止まない要素で構成されていた。
「鎌田君と初めて出会ったのも、この公園だった。覚えている?」
「うん、覚えている。まだ小学校に入る前の事だったな」
さっきまで何を話そうと考えていたけど、上手く内容がまとまらなかった。でも今は不思議な力に導かれて、バラバラだった言葉が星座のように線を結び、繋がっていく。
「あの頃、近所にいた野良犬に追われて、滑り台の上で泣いていた私を鎌田君が助けてくれた」
「そうそう。必死になって棒きれを振り回したっけ。結局、野良犬を追い払うことは出来たけど、腕を噛まれた」
「それを見て、私はますます泣いたわ」
「一緒にいた大山もわんわん泣いていたな。後にも先にも、大山があんなに泣いたのを見たことはなかった」
昔を懐古しながら、鎌田君の口から出た、ともえちゃんの名前を聞いて、私はズキッと胸が痛んだ。でも仕方ないのだ。今更なんだ。
「あれから小学校に入るまで毎日遊んでいたね。小学生になって男女別々の学校だったけど、放課後になれば一緒だったし、お店でもしょっちゅう話をしていた。私の生活の中で、鎌田君と過ごした時間って思った以上に多いね」
「それは、俺も一緒さ。酒留は昔からの幼なじみだから」
そう言ってもらえるだけで救われる。私達の時間は、私だけ大切なものじゃないって思えるもの。
「でもね、そんな何気ない時間がある日を境に、急に特別な時間に変わったの。それがいつだったか、はっきりとは覚えていないけど、鎌田君と一緒の時間が、私にとってかけがえのないものに変わっていったの」
あぁ、もう少しだ。
そんな時間が終わってしまうのは、もうすぐ……。
「だから、一緒の高校に通えると知って、一緒のクラスになったと知ってからは、飛び跳ねるくらい嬉しかった。うぅん、実際に飛び跳ねちゃった。そして鎌田君が抱える悩みを知った時、少しでも鎌田君の力になりたいって本気で思った」
そう、私は鎌田君の孤独を癒す星になりたかった。彼が迷い悩む時に暗闇を抜ける指標になるような、星になりたかった。

「私はそんな鎌田君がずっと、好きだったの」
そう、あなたのことがずっと、好き……でした。

何も言わず茫然と立ち尽くす鎌田君。
私は手のひらに意識を通わせ、恒光石を招く。右手の中には眩く輝く恒光石が六つ。私はその子達を天高くかざし、名前を呼んだ。

「アルギエバ」
今までありがとう……。

「アダフェラ」
何度も励ましてくれた……。

「ラス・アラエド」
何度も慰めてくれた……。

「ラスサス」
今日でお別れだけど……。

「アルテルフ」
どうか末永く、夜空で瞬いて……。

最後の一つ、宙を漂う恒光石は極限状態に近い輝きを放ち、嬉々と旋回を繰り返す。
あなたには一番励まされたね。小さな事に躓き、挫けそうな私を幾度となく救ってくれた。
だからあなたには、私の一番の願いである特別な名前を贈る。

「コル・レオニス」

獅子の心臓、そんな意味が込められた恒光石。
鎌田君の胸の内に秘めた寂しさや悲しみ、そんなものは私が星に変える。あなたの魂は孤独なライオンのものではなく、あなただけのものだから。
言葉を発した瞬間、その恒光石は旋回を止め、ゆっくりと光を強めるとそのまま徐々に天空へと昇っていく。そして真っ白な輝きを一度だけ放ち、瞬く間に空へ上がっていった。
南西の空に打ち上げられた六つの恒光石は散り散りにではなく、等間隔で固まった星になった。
そして顔を鎌田君の方へ戻す。彼も同じように視線を夜空から私へ向けた。
真っ直ぐ向き合いながら、私は足を踏み出すと距離を詰める。
鎌田君の息遣いが聞こえる程に近付く。彼の真剣で切実な瞳が、手を伸ばせば届く範囲だ。
私は彼の頬に手を伸ばす。鎌田君は抗わず、私の両手を受け入れた。
少しだけ、心がズキッと痛む。
「私はあなたの一番星に、なりたかった……」
私はそのまま彼の顔に自分の顔を導き、瞳を閉じる。
そして唇を重ね合わせた。

……鎌田君、拒まないんだ。

彼の柔らかな唇が触れ合った瞬間、激流のような温もりが全身を駆け巡り、郷愁にも似た切なさが鎌田君と触れ合った部分から染み込んでいった。
そして瞳からは自然に、どんな名前を付ければいいか分からない、止め処ない涙が溢れ出す。その涙に、これまで私と彼の間にあった全てと、今の一言では著せないキレイに整った気持ちを、包み残さず込められていた。

更新日 9月4日

どのくらい唇と唇が触れ合っていただろうか。
きっと僅か数秒だっただろうけど、永遠にも感じられる時間を経て、私は鎌田君から身を離した。その瞬間、また涙が一気に溢れ返す。これは悲哀の涙だ。
ともえちゃんと誓ったはずなのに、鎌田君は私のキスを拒まなかった。それが憐れみなのか、優しさなのか、きっと彼は教えてくれない。だけど私はそんなキス一つで満足してしまった。
親友の契り人の唇を奪って、罪悪感よりも先に歓喜が生まれたのだ。そんな最低な自分が情けなくて惨めで……悲しかった。
コートの袖で目元を拭う。涙でぼやけた視界で、鎌田君を真っ直ぐ見つめた。
あとは、彼から引導を渡してもらうだけ。どんな言葉でも構わない。素直に受け入れよう。これがきっと、私が鎌田君を星乞いの人として聞く、最後の言葉になるのだ。
だけど、鎌田君はさっきから俯いたままだ。時おり、腕を組んでは溜め息を吐いている。
私は段々と悲しさの中に悔しい気持ちがこもってきた。
確かに幼なじみから星結いを受けて、断るのはさぞかし心苦しいだろう。でもそんな優しさが、ますます私を傷付けることになると、どうして鎌田君は気付かないのか。断るならばキッパリと断って欲しい。
私は煮え切らない態度の鎌田君から断りの言葉を引き出そうと声を掛けた、その時。それまで黙っていた鎌田君がパッと顔を上げて呟いた。
「不甲斐ない」
目を丸くする。
断りのセリフにしては少々異端過ぎる。不甲斐ないって、私が? 鎌田君は苦々しい顔のまま言葉を続けた。
「本来なら男の俺が言わなきゃいけないはずなんだ。それなのに自分に言い訳して逃げてばかりだった。ごめん。酒留に恥ずかしい思いをさせてしまった」
鎌田君が何を言っているのか、全く理解出来ない。混乱で頭の中がめちゃくちゃにこんがらがる。
なんで私は謝られている? 鎌田君が言わなきゃいけない事って何?
いつの間にか涙は止まっていた。鎌田君は何かを覚悟したように、首を捻る私へズイッと近寄る。途端に心臓が大きく緊張し、体が強張った。
そして次の瞬間、私は目の前にある信じられない光景に、息が止まりそうになる。
鎌田君の堅く握り締めた右手が、ぼんやりと光を放っていた。そして私の方に差し出した手のひらに、三つの輝く恒光石。
「なんで? 鎌田君、ともえちゃんと星結いをしたんじゃ、なかったの?」
放心して尋ねる私へ、瞳にグッと力を込めて鎌田君は言った。
「大山とは星結いをしていない。俺が星を繋ぎたい相手は、お前だ」
天高く右手をかざし、鎌田君は声を張り上げる。

「デネボラ! ゾスマ! ショルタン!」

ライオンの雄叫びに呼応するように閃光を放った恒光石は、南西の空へ目掛けて飛んでいく。三つの星は先に打ち上げた私の星と交わるように弧を描き、線を引いた。
クエスションマークを逆にしたような形をした私の星達と鎌田君の三つの星を、確かに今、青白い線が繋いだ。それは私がこれまで生きていた中で一番輝いていて、一番大切な思いを含んだ青白い軌跡。
「星が……繋がった」
 夢から覚めたような、それでも覚めた夢がまだ続いているかのような心地よい陶酔感が私の体の中をゆっくりと駆け巡る。
「鎌田君、鎌田君……。星が、私達の星が結んだよ! 星座になったよ!」
「あぁ、見える! 俺にも見えるよ! 酒留と俺で星座を作ったんだ!」
今まさに共鳴した意識を確認して、舞い上がった私達は夜空を指差して歓喜する。そしてあまりに興奮していたのだろう。お互いの手を繋ぎ、指を絡めていた。
ハッと気付いた私は顔を真っ赤にして手を引こうとする。でも鎌田君はその手を掴まえると体ごと引き寄せて、抱き締めた。
鎌田君の鼓動がトクントクンと私の胸に響く。そのリズムが心の奥から温かい喜びを引き出した。私を包む腕に力を込めて、鎌田君は耳元で囁いた。
「俺もずっと前から、酒留のことが好きだったんだ。これからもそばにいて欲しい」
その一言で私はもうどうしようも無くなり、声を上げて泣いた。そんな私を鎌田君はさらにギュッと抱き締める。
私の気持ちに鎌田君が応えてくれて、鎌田君の星も私に向いていると知って。あれほど切実に望んだ結果なのに、私はただただ涙の続く限りに泣いた。感激も許容量を超えると、感情という機能が停止してしまうようだ。
光さえ届かない至福というブラックホールに吸い込まれて、無の世界を漂いかける私を、背中に当てた鎌田君の大きくて優しい掌の熱が、現実に引き戻してくれる。
それがまた新たな至福を生み出し、私の魂は無限に膨張する喜悦のスパイラルの狭間を行ったり来たり繰り返した。
そんな私たちを、夜空のキャンバスでは形を成したばかりの星座が、冬の星座に囲まれていつまでも見守っていた。
06:37  |  星乞譚  |  CM(0)  |  EDIT   このページの上へ
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