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2010'06.20 (Sun)

私の星乞譚。 第一章

 桜のつぼみも徐々に芽吹き始め、木々を揺らす風が頬に当たり気持ち良い。このままの快晴が続けば、三、四日後にはこの桜並木も満開を迎えるだろう。その頃にはどうか風も弱まってくれれば良い。せっかく満開を迎える桜の花びらが散ってしまっては残念だ。そんな願いを込めて空を見上げる。蒼穹、今日のこの日に相応しい天気に私は目を細める。
 受験発表の時以来になるこの校門を潜り抜け、卸し立てのセーラー服に身を包んだ私は一旦歩みを止めた。まだ新築といった外壁の汚れが感じられない校舎に、ガラス張りの体育館。そしてこの学校一番のシンボルとなる巨大な望遠ドーム。天守閣のように校舎の頂に設置されたそれを眺めながら、私は期待と歓喜を込めて小さく息を吐いた。
ここが天野市に唯一存在する私立高校、創天高等学校。私、酒留心恵が三年間通うことになる学び舎だ。
私はしばらくの間、校舎を眺めながら立ち止まっていた。そして肩に掛けていた鞄をゆっくり降ろし、軽くお辞儀をする。これからお世話になる学校へ挨拶のつもりだったのだろうが、自然とそんな行動を取ってしまった自分にハッとした。校門の前で学校に向かい頭を下げている女子。周りから見ればさぞかし滑稽に映っただろう。
 私は頬を染めながら、今の姿を誰か知人に見られはしなかったか、辺りに目配せをする。すると、丁度背後から誰かが小さく吹き出す音が聞こえた。
 しまった! と思い振り返り、私はさらに赤面する。
 そこにいたのは男子学生、私と同じ新入生の男子学生だった。それが誰なのか、瞬時に脳が反応すると同時に、胸が微かにコトリと鳴る。
 その男子学生は控えめな笑顔を真っ直ぐに私へ向けて、軽く唇を動かし声を掛けてきた。
「おはよう、酒留」
 鈴が鳴ったようにコロコロと、だけど落ち着いた低い声が私の胸に響く。その声がスッと心に解けると、私の心臓はもう一度コトリと鳴った。今度はさっきよりも強く、そして速く……。
 清々しい微笑みを浮かべた彼に挨拶を返そうと口を開くが、胸の鼓動が邪魔をして上手く言葉を紡げない。たった簡単な一言がどうしてもいえなく、もどかしくて仕方なかった。
 そしてまごつく私に気にすることなく、彼は隣を抜けて行ってしまった。すれ違う一瞬、鼻腔を衝いた彼特有の爽やかな香りが、また意味もなく胸を締め付ける。私は昇降口に吸い込まれていく彼の後ろ姿を、高鳴る胸の鼓動はそのままにいつまでも見送っていた。

 そんな私の肩を急に誰かが叩いたので驚いて飛び上がる。またもや気付かないうちに背後に立たれて、誰かと思い振り返ると、その人は口に手を当てて上品に笑っていた。
「おはよう、心恵ちゃん。あんまりボーっとしているから可笑しくなっちゃった」
 真っ直ぐサラサラな髪を掻き分けながら、その女子学生はにこやかに微笑んでいる。
「うぅ……。おはよう、ともえちゃん」
 彼女は大山ともえ。私とは小学校の頃からの幼馴染だ。この町では大きな呉服屋を営んでいる裕福な家庭のお嬢様だが、そんなことは全く鼻にかけた様子はなく、いつも気さくに誰隔てなく声を掛けてくれる。その姿が彼女の上品さを更に際立たせた。
 ともえちゃんは一度だけ昇降口に視線を向けると、口を開く。
「先に私へ言っちゃって良かったの? おはよう、って」
 なんの事か分からず小首を傾げる私に、ともえちゃんはちょっと意地悪そうに小さく舌を出した。
「高校に入って初めてのおはよう、を鎌田君じゃなくて私に言っても良かったの?」
 私はその一言と彼女が口にした彼の名前を聞いただけで、一瞬にして耳まで真っ赤になる。
「と、ともえちゃん! み、見ていたの!」
「えぇ、後ろのほうからずっと。気付かなかった?」
 私は羞恥に身を悶えさせながら、いまさっきの男子学生に挨拶を返せなかったことを、心の底から後悔した。するとそんな私の姿が段々と可哀想に思えてきたのだろう。ともえちゃんは細く滑らかな指で優しく私の頭を撫でてくれた。
「大丈夫。これからは鎌田君と一緒の学校なのだし。おはようって言える機会なんていくらでもあるって。中学や小学校の時とは違うのだから」
 ともえちゃんから慰められて、少しずつ落ち込んでいた気持ちが立ち直ってくる。そうだ、高校からは同じ学校に通えるのだ。小学校や中学校の時のように、男子と女子で学校を区分されることはもうないのだ。
 私が気を治めてきたのを見計らって、ともえちゃんが頭を撫でてくれていた手を私の右手に滑りこませる。
「だから、行こう?」
 彼女が軽く引いてくれた手を、私は微笑みを浮かべて握り返した。そしてその手を繋いだまま、二人で仲良く昇降口へと向かった。

 一年生専用の下駄箱を探し、真新しい内履きへと履き替えて、私達はそのまま始業式が行われる体育館へ向かう。自然と流れていく人の波に合わせて歩いている途中に、ともえちゃんがこっそり耳打ちをした。
「鎌田君と同じクラス、なれるといいね」
 耳にかかった彼女の吐息以上にくすぐったい彼の名前を聞かされ、私は身をくねらせながら、ともえちゃんに耳打ちし返した。
「ともえちゃんとも、ね」
 秘め事を分かち合うようにクスクスと声は立てずに笑う私達。浮き立つ足と弾む心はそのままに、新入生で溢れかえった体育館に足を踏み入れた。
 その時、ともえちゃんがさっきよりも更に声を潜めて私に囁きかける。
「もう私達も高校生なのですもの。心恵ちゃん、鎌田君と星を結べたらいいね」
「ほ、星を結ぶ……?」
 また、ともえちゃんの口から出た彼の名前にドキリとしながらも、彼女が口にした言葉を復唱してみた。星を結ぶ……何かの比喩表現だろうか。あまりに要領を得ていない私の表情を訝しんだともえちゃんは、長いまつげをしばたかせながら尋ね返す。
「心恵ちゃん、星を結ぶって知らないの?」
「う、うぅん。それって何かの流行り言葉?」
 あまりにも真面目な顔で私を見ているので、不安に感じながら問い返した。正直なところ、私は世間一般の流行に疎い。お父さんの影響からか、テレビはドラマよりも野球中継ばかり映しているし、女の子がよく好んで読んでいる雑誌よりは、文芸小説のページをめくっている時間の方が確実に長い。だから時々、ともえちゃんが口にする言葉がわからず聞き返す場面があるので、今回もその類かと思っていたが、真顔で見つめる彼女から察するにどうやら違うらしい。
 私は若干とまどいながら恐る恐るもう一度「星を結ぶって……何?」と尋ねてみた。すると彼女はハッと我に返るといつもの品のある微笑みを繕った。
「ま、まぁ。私が説明をするよりも、きっと先生達から直々にお話があると思うわ、うん」
 私はますます困惑する。先生から聞かされるような重要な話なのだろうか? そしてともえちゃんの口ぶりからすると、私以外の学生はほとんど知っているみたいだ。
「ね、ねぇ。ともえちゃん、それって知っていないと困っちゃう? みんな知っていることなの?」
「い、いえ。別に知らなくても困ることじゃないのよ。人それぞれっていうか、個人差っていうか……。ただ私、心恵ちゃんは知っていると思って。だって鎌田君を……いいえ、何でもないわ」
 またもや彼の名前が出てきて私の不安は更に膨れ上がっていく。もう居ても立ってもいられず彼女へ問い質そうとしたその時、体育館に始業式開会を告げるアナウンスが流れる。私達は整列されたパイプ椅子に腰を掛けるよう教師達に促され、話しはそれっきりになってしまった。
 ステージに上った教師が開会宣言をする直前、ともえちゃんは「後でゆっくり教えてあげるから。ごめんね」と囁く。それから約一時間、始業式が催されている最中、たくさんの偉い人が次々とステージの演台で祝辞を述べていたが、私はそんな話など全く耳に入らず、ともえちゃんの言葉だけをいつまでも頭の中で繰り返していた。

更新日 6月24日

 私にはともえちゃんとは別にもう一人、幼馴染がいた。それが鎌田雅士君だった。
家も近所で学年も同じな私達は、物心ついた頃から三人で遊び、小学生になって女子校、男子校と離れ離れになっても休日は公園で走り回っていた。中学生になり、もう公園で遊ぶ歳じゃなくなっても、家が雑貨屋を兼用した酒屋を営んでいたためか、よく買い物に来ていた彼と交流を重ねていた。子供の頃のように無邪気に語り合ったりはしないものの、私がレジをしてお釣りを数えている間、彼は学校のことをぽそぽそと話していった。そんなごく何気ないことが日常だったし、特別に意識したときもなかった。
 だけど、それはいつからだったろうか。通学路の信号を渡るとき、授業中に窓の外の景色を眺めていたとき、夕飯の後に勉強机へ座ったとき、湯船に浸かって上っていく湯気を眼で追っていたとき、夜に布団へ入って眠りに落ちる数瞬前に、彼の顔を思い描くようになっていた。そして店番をしているとき、彼が買い物へ来てくれないだろうかと無意識に願っている自分に気付き、胸の鼓動がのんびりと、だけど力強く、鳴った。
 意識してしまった瞬間に、ようやく私は自分の心や体や魂や意識が全く別のものに変化していたことを思い知らされた。心も体も魂も意識も、全てはその一人の男性に真っ直ぐ向かっていることに気付かされ、そんな新たな発見に驚愕よりももっと鮮明な温もりがあることを知った。
 それは本当にいつからだったのか、わからない。私の思いは感知できないほど緩やかに、けれど星が日を追うごと宇宙を巡る速度で着実に増していった。
 一度意識してしまってからは、もう毎日がパニックだった。すれ違うはずもない通学路で風にあおられた前髪を必死に直したり、休日にともえちゃんや他の友人と遊びに出かける時はいつバッタリ会っても困らないよう、おしゃれには細心の注意を払ったり、それまで嫌がっていた店番をすすんで申し出て親から不審がられたり。私の体中は鎌田君で埋め尽くされてしまっていた。
 だから店番をしていて鎌田君が買い物で訪れた時には、まるで天変地異が起きたかのように内心大慌てだった。まともに目も合わせられず、声も出せず、手は震えるばかり。それでも気持ちだけは完全に鎌田君に向いていて、この思いが体から飛び出して彼に気付かれるのではないかと心配で、ただずっと下を向いて息を止めていた。
 
 この思いは親友であるともえちゃんにしか打ち明けていない。要領がまとまらず散文的な内容だけど、ともえちゃんは笑わずにしっかりと話を聞いてくれて、最後ににっこりと微笑んで「おめでとう」と応援してくれた。
 そして小学、中学と女子校の期間も終え、鎌田君と共学の高校へ入学する夢は叶えられた。この三年間のうちに、私は鎌田君へ自分の思いを伝えたいと誓った。
 だけどそんなどこにでもありふれている些細な願いが、壮大な物語の一つへと組み込まれていたなんて、私は世間というものを本当に知らない女の子だった。



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