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2010'01.28 (Thu)

なんしきっ! 七中選手のそれぞれの朝

 AM6:00 神谷家前
 早朝、立ち込める朝靄が未だに煙る中から、定期的なリズムでラケットを振る音が聞こえてくる。
 真剣な眼差しで空虚に向かい一心不乱に素振りを繰り返すのは、佐高第七中ソフトテニス部 一番手後衛の神谷である。
 雨天時を除いて彼は毎朝欠かさず素振りを行う。中学に進学してから自分に課したトレーニングだ。
 何本素振りをするかというのは決めていなく、自分が理想と思うフォームに行き着くまで、彼は何本でも続ける。つまりは百本素振りをしても納得いかなかったら止めないし、一本目で理想のフォームで素振りが出来たら終わりだ。
 もっともそんなことは滅多に無いことだが。
 シュートボールでもロブでも同じフォームで繰り出す彼のショットはそれだけで充分な武器だし、彼自身もそれを更に極めようと邁進している。そのためには例え疲労困憊状態でもフォームが崩れないように体へ叩き込んでおかなくてはいけない。
 そのためのトレーニングが勝利に結びつくと、神谷は信じていた。
 素人目で見れば全く同じようなフォームで素振りを続けているように思えるが、その一振り一振りには彼にしかわからない微妙な違いがある。
 手首のブレ、腰の回転、軸足に掛かる負荷、ラケットがボールに当たる面。それら一つでも理想から外れたショットになれば、生きたボールは相手コートには入らない。
 テニスは手でボールを打つものではなく、全身の筋肉を無駄なく使い打ち込むのが理想だ。

 既に五分以上は素振りを続けただろうか、早朝の冷えた空気にも関わらず神谷の額にはうっすらと汗が滲んでいる。
 理想とするフォームになかなか行き着かないのか、かれこれ数百本という素振りを繰り返し、そろそろ疲れもピークに達したかと思った瞬間、彼の真横を目に見えない速度でラケットが一閃し、雑味が全くない澄んだ風を切る音が早朝の神谷家前の道路にこだました。
 そして神谷は大きく深呼吸をすると、軽く二、三度膝を屈伸させる。どうやら理想のフォームに行き着いたらしい。
 だが喜びも束の間、彼は直ぐにまたラケットを構えると、今度はバックハンドの素振りを始めた。
 フォアハンド、バックハンド、サービスショットの三つの素振りを毎日欠かさず行うのが、彼の日課である。
 テニスのこととなると、とことん自分に厳しい神谷であった。


 PM6:30 小堺家 朔太郎の部屋
 寝る前にきちんとかけたはずの布団は完全にはだけ、ベッドから枕と一緒に転落してしまっている。着ているパジャマもはだけて、だらしなくもお腹が丸見えになったまま、小堺は大きなイビキを掻きながら大の字になって、未だ眠りの世界に入っていた。
「う~ん正樹~……右ってどっちだ……」
 夢の中でも彼はテニスをしている。神谷同様、四六時中テニスのことばかり考えている彼だが、真面目に早朝から素振りを欠かさない神谷とは幾分素質違う。
「むにゃむにゃ、わかったぜ……そりゃ! ナイススマッシュ! ……へへへ」
 彼にとってテニスとは勉強よりもゲームよりも愉しくて仕方がないものだ。
 自身を鍛えるためとか、勝利を勝ち取るためとか、高尚な目的は一切ない。ただラケットを振りながらコートを走り回るのが愉しくてたまらないだけなのである。
「正樹~……今の俺、すごいだろ、むにゃむにゃ……。褒めて~」
 テニスプレーヤーは様々な理由や目的を持ってコートに立つ。
 自分がどこまで強くなれるか試したくて、相手を打ち負かす快感に酔いしれたくて、頑張っている自分を憧れのあの子に見せたくて、コーチや応援してくれる親の期待に応えたくて、ただなんとなく部活を続けていて、など。だが単細胞な小堺がコートに立つ理由を聞かれて頭を捻った結果、出てくる答えは一つ、愉しいから。
 そしてもう一つ、
「えへへ、ありがとう正樹~……俺も頭ナデナデしてやる~……」
 彼はペアの神谷が大好きなのだ。
 性格もプレースタイルも全くの真逆な彼らだが、思いの他チームプレーが上手くいっているのは、小堺が絶対的に神谷を信頼しているからである。そして時には神谷に対する気持ちが信頼を超え過ぎているが、それがどういう感情なのかは本人にもわからないし、考える必要もないことなのだ。
 神谷とテニスをしている夢を、涎を垂らしながら見ていた小堺だが、部屋のデジタル時計が丁度6:35になった瞬間、パッチリと目を覚ますと文字通り飛び跳ねるように起き上がった。
「よっしゃ! 朝練に行くか!」
 ベッドから飛び降りると小堺はそのままの勢いでパジャマを脱ぎ、運動着に着替えると学生服と通学鞄を持って一階に下りる。そして朝食のパンを一切れ口に咥えると、朝の挨拶もそこそこに玄関から学校に向かって駆け出していった。
 朝起きた瞬間から夜寝るまで、彼は常にこのテンションを持続したまま全速力で一日を過ごすのだ。


 AM6:00 丸藤家 リビング
「おはよう、達男ちゃん。今日から朝練習をするんでしょ? 早めにご飯食べちゃいなさいね」
「……」
「ママが何度起こしても達男ちゃん、全然起きないんだもの。ママ、心配したわ」
「……」
「でもね、今日はママ、特別に朝ごはんは達男ちゃんが好きなホットケーキにしてみたの。美味しそうでしょ?」
「……」
「ねぇ、バニラアイスも乗せる? そっちの方が美味しいわよ、きっと。その上からメープルシロップをたくさんかけるのが達男ちゃん、大好きだったわよね?」
「……」
「どうする? アイス、乗せちゃう? それとも別に食べる? どっち?」
「……うるしゃい」

 朝からテンションが高くペラペラと喋る母親を、丸藤は煩わしそうにジッと睨み、彼の腕の中にある大きな熊のぬいぐるみを強く抱き締めた。
 低血圧な丸藤は朝が弱い。普段は大人しく引っ込み思案な彼だが、寝起きはそれに輪をかけて不機嫌になる。特に思春期真っ盛りな彼は反抗期に入ってしまい、何かとコミュニケーションを取ろうと構ってくる母親が嫌で堪らない。疎ましく思われつつも挫けずに自分に近付いてくる母親に悪いとは自覚しているものの、気持ちがイライラしてしまって反発してばかりで、それが更に彼を途方も無く憤らせた。
 この悪循環がいつまで続くのかと自分の感情に辟易しつつ、彼はイラつきが収まらずに無言で自分の部屋に戻ろうと椅子から腰を上げた。
「あら達男ちゃん! 朝ご飯はどうしたの? 食べないと体に悪いわよ!」
「……ほっといて」
「達男ちゃん……せっかくママが達男ちゃんのためと思ってホットケーキを焼いたのに……」
「……うるしゃい」
 眼鏡をたくし上げながら母親には振り向こうとせず、丸藤は足早に階段を駆け上がると自分の部屋に入り、再びベッドの中に潜り込んだ。そして枕元に置かれた幾つかのぬいぐるみを引っつかむと力一杯抱き込んだまま蹲った。

 彼の自室は様々な可愛らしいぬいぐるみで囲まれており、女の子が暮らしている部屋と言っても分からないほどファンシーだ。これは彼の母親の趣味でもあるが、丸藤自身がぬいぐるみをひどく気に入っているせいでもある。
 年頃にしては恥ずかしくひたすら隠し通していた趣味なので、学校の友人が丸藤の家に遊びに来たことは一度もない。もしも自分の部屋を見られでもしたら、次の日からクラスでからかわれるのが目に見えていることを、彼自身が一番良く知っている。
 それでも丸藤はぬいぐるみ達を手放せないでいる。この愛くるしいフワフワのぬいぐるみを抱き締めている時間だけ、彼は煩わしい母親のことも学校であった嫌な出来事も、全て忘れていられるのだ。
 丸藤にとってぬいぐるみは、幼い頃から精神安定剤の役目を果たしている。そんな自分にしてみれば親友のような彼らをどうして手放すことが出来ようか。しかしいつかは決別しなければいけない将来を想像して、丸藤は身悶えるように、更に力を込めてぬいぐるみを抱き締める。

 だが、そんなぬいぐるみを抱きかかえても解消出来ないことがあった。
 テニスのことだけは、どれだけぬいぐるみに頼ろうとも頭の中から消えてくれない。
 上手くボールが打てずにコーチに怒られたり、自分より弱い選手に負けて落ち込んだときに、帰宅してすぐいつものようにぬいぐるみで身辺を固めて癒されようとするのだが、一向に不満は解消されなかった。そればかりか胸の中にあるわだかまりは募るばかりで、逆に心苦しくなってしまう。まるでこればかりは自分で解決しろと言わんばかりに。

 丸藤は溜め息を一つ吐いて、布団の中に連れ込んだぬいぐるみ達を取り出す。そして自分が一番気に入っている配列どおりに彼らを並べ直した。
 丸藤はわかっていた。テニスのことだけは逃げ出さずに正面から向き合わなければいけないということを。それだけ彼にとってテニスは大切なもので、ぬいぐるみ以上に手放したくないものだということだ。
 丸藤はのろのろと服を着替えて朝練に出かける準備をする。
 小学生の頃は散々負けを味わされたが、同じチームになっても丸藤にとって神谷は絶対に負けたくないライバルだった。
 弱気な彼にも男としての意地がある。中学三年間のうちに、必ず彼を出し抜く後衛に成長したいのだ。


 AM6:00 宗方邸 庭園
「おはようございます、お爺ちゃん」
「おはよう、誠司。どうした、朝勉強はもう終わりなのか?」
 自身が大切に手入れをして育てた盆栽を目で楽しみながら、市議会議員の宗方繁蔵はコロコロと丸く太った孫に問いかけた。普段なら誠司は毎朝朝食の時間である六時半までは自室で朝勉強に取り組んでいるはずである。
「あぁ、今日からはテニス部の朝練習を開始するからね。そのために早く切り上げたよ」
「朝練習、か……。それでは勉強をする時間が短くなるのではないか? 感心しないな」
 孫がスポーツに熱を入れ始めたのは良いが、そのために勉学が疎かになるのは好ましくない。この年頃の少年は得てして物事の考え方が直感的で、興味の移ろいが激しく勉学など二の次になり兼ねない。
 繁蔵も遠い若かりし頃を思い出し、孫を咎めた。しかし宗方は余裕の微笑みを浮かべ、祖父に肩をすくめて見せた。
「その分、夜はお風呂を上がったら、テレビを見るのをやめて勉強の時間に回すことにしたから問題ないさ」
「ふむ、ならばいい。人の上に立つ者は日頃からの努力を怠ってはならん。それがリーダーとしての務めだ」
「加えて文武両道が好ましい、だろ?」
 中学に入り、途端に大人めいたことを口にするようになった孫を眺め、繁蔵は満足げに頷く。

 代々、この辺りでは大地主として君臨し続けた宗方家は、ありとあらゆる政治の場面で名を馳せてきた。
 戦後は財力が乏しくなり、その勢いは翳りを見せてきたが、心構えだけは常に上に立つ者としての気概を忘れていない。現在、市議会議員として役職を治めている繁蔵に一人息子がいるが、市役所に勤めてはいるものの、どうも執政入りする気がないらしく、繁蔵は不満を募らせていた。
 だが、彼の息子、自身の孫である誠司は小さい頃から本当によく自分に懐き、自身を尊敬し政治にも興味があるようだ。
 なので繁蔵は誠司が物心ついた頃から、彼に徹底して帝王学を学ばせて自身の跡継ぎになるよう教育を施した。宗方家を、ひいては自分の役職を譲るのは息子ではなく、孫の誠司にしようと齢七十歳を迎えた繁蔵は心に決めていた。

「それじゃあ、少し早いけど朝食を済ませたらすぐに学校へ向かうよ。部長が一番乗りをしなくては下の人間に示しがつかないからね」
「うむ。気をつけて行ってくるのだぞ」
 踵を返して母屋へ向かう孫の後ろ姿は、年頃にしては恰幅が良すぎるが以前より頼もしくなってきた。新入生ばかりで構成された真新しい部だが、部長という役目をこなしているからか、自信がついてきたのだろう。
 繁蔵はそんな孫の成長に目を細めながら、檄を飛ばす。
「誠司、励むのだぞ。どんなスポーツでも勝たねば意味が無い。ただ頑張るだけなら凡人にでも出来るからな」
「もちろんさ。宗方繁蔵の孫として恥ずかしくない成果を修めてみせるよ」
 振り向きもせずそう答える孫の背中に、繁蔵は自分の胸が熱くなっていくのを感じた。
 そして盆栽の鑑賞をしながら、大きく成長した孫が自分と同じ市議会議員、もしくはそれ以上の役職に就く日を夢見て、そっと一人ごちた。
「宗方繁蔵、孫の晴れ姿を見るその時まではおちおち死んでられんわい」
 朝のまだ微かかな陽を浴びた盆栽が、いつもよりも輝いて見えた。

 AM6:45 高田家 竜輝の部屋
 枕元で鳴り響く目覚まし時計の音に目を覚まし、吉川は手探りでけたましいそれを掴むとスイッチを押して止める。デジタル式の簡易な時計を眠い目を擦り凝視すると、時間は七時になろうとしている。
 吉川は欠伸をして部屋を見渡すと、漫画本やゲームのケースが散乱した間に、親友の高田がお腹を出し大きなイビキを掻いて未だ夢の中にいる姿が映った。頭は普段の寝起きより呆けているし、体がひどくだるい。
 倦怠感が全身に残る原因を思い返してみて、自分は昨晩、高田の部屋に泊まり、夜中の二時まで夜更かしをしたのだということを思い出した。

 それは昨日の部活動の帰り、実家が数軒隣近所なので同じ道を下校している時に、高田が秘め事を打ち明けるように吉川へ耳打ちした。
「実はよ昨日、兄ちゃんの部屋に漫画本を借りに行った時に俺、たまたま見つけちまってよぉ」
「み、見つけたって……何を?」
 神妙な面持ちで尋ねた吉川に、高田は鼻穴をプクッと大きく広げて更に声を潜めた。
「アレだよ……エロDVD」
「なっ……! ……たっちゃん!」
 一瞬にして耳まで真っ赤になった吉川の反応が予想外にウブで面白かったのか、高田はいやらしく口元を歪め、図体のでかい吉川の肩をがっちりと組んだ。
「お前だって興味あるだろ? 俺達、もう中学生になったんだから、こういう冒険も必要だと思うわけよ」
「で、でもそんなの……駄目だよ! やっぱり!」
「おいおい、のぼる。そんなこと言って本当はお前だって見たいんだろ? ん?」
 好色気味に口元を歪めて吉川の顔を覗き込む高田。体付きはどう見ても大人に近い吉川だが、気持ちの部分はまだまだ純真無垢なお子ちゃまなのだ。
「よし、決まりな。今日、夕飯食ったら俺んちに来い。DVDの鑑賞会を行うぞ。わかったな?」
 引っ込み思案で大人しい性格の吉川は高田の言うことに逆らえない。いつも横柄な幼馴染に振り回されてばかりで、頷かずとも沈黙をすることが了承の意になってしまうのだ。

 首を横に振らない吉川を満足げに一瞥した高田は、広い肩幅に回した腕を離すと、再び帰路に着く足取りを進める。その後ろから一瞬まごついた吉川が足早に追ってきた。
「たっちゃん待って! じゃあさ、その……DVDを見る前に僕が見たいのもあるんだけど、それを先にでいいかな?」
「何だ? 見たいものって?」
 突然の提案に大きくなった鼻穴を萎ませながら高田は尋ねる。すると吉川は通学鞄の中からいそいそと一枚のDVDを取り出す。表面が真っ白で簡素なクリアケースに入っているところを見ると、市販のものではないらしい。
「何それ? お前もエロDVDを持っていたのか?」
「ち、違うよっ! みやちゃんからテニスの試合のDVDを借りたんだ」
「みやちゃん? って誰のことだ?」
「神谷君のことだよ」
 彼の中では「かみや=みやちゃん」ということらしい。吉川は親しくなった人のことを呼ぶときは必ず「ちゃん付け」になってしまう癖がある。ごつい見た目からはあまり似つかわしくない呼称に、高田は首を捻ってしまうこともしばしばだ。
「みやちゃんとさくちゃんが小学生の時の試合みたい。県大会だって言ってたけど、技術的には僕らに丁度良いし、試合の進め方とか映像で勉強出来ることが多いから、見ておいて損はないって」
「ふぅん。……ちなみにさくちゃんって小堺の事か?」
「ん? そうだよ。僕たち初心者だからすぐ大会に出ても困らないように、って。みやちゃんもさくちゃんも優しいね」
「……けっ。手っ取り早く俺らを戦力にしたくて仕方がねえんだろ。あいつら、とにかく団体を組める頭数を誰でもよく揃えたかったらしいからな」
 テニス部に入部してしまってからは特に嫌う理由もない高田だが、未だにどうしても小堺には心が開けずにいる。もともと素直な性格ではなく捻くれた高田に、小堺があまりにも実直過ぎて眩しく見えてしまうのかもしれない。そんな小堺のことを親友が良く言うことに、高田は何故だか反発せずにはいられなかった。
「もう、たっちゃんまたそんな言い方をして。だから、ね? 先にこっちの試合のDVDから見ようよ」
 吉川が自分の鼻先にテニスの試合のDVDを差し出してきたので、高田は「ふんっ」と鼻を鳴らすと、そのDVDを乱暴に引っ手繰った。
「わかったよ。仕方ねえな」
「ありがとう! たっちゃん!」
 ウブな吉川はどうにかして淫らなDVDを回避したかったらしく、ホッと溜め息を吐くと満面の笑みを高田に向ける。だが高田もテニスの試合のDVDに興味が無いわけではなかった。
 生活態度は目も当てられないほどに劣悪だが、ことスポーツに関して真面目に取り組む高田は、映像でテニスを学べる機会を喜ばしく感じていた。特に現在テニス部員内で完全な初心者は自分達ペアのみ。最初から大きく開いた実力の差に鬱屈としていたが、それでも元来の負けん気は意気消沈する気配もない。経験と実力の差は努力で埋めればいい、なのでチームメイトだが己のライバルが塩を送ってきたことに、高田は内心高ぶっていた。その証拠に……

更新日 2月1日

「くはっー! おい、のぼる! 今の見たか? すげえな! 完全に裏を読んでいたぜ、この後衛!」
「う、うん。さっきも同じことを言ってたよ?」
 夕飯を終えた吉川は早速高田の家を訪ねると、親友は遅いと言わんばかりに自分の部屋で胡坐を掻いて待っていた。そして吉川が座布団に座るや否や、すぐにDVDをセットし終えるとテニスの試合の鑑賞会を始める。
 見始めてからかれこれ三時間が経過し、時計は既に十一時を回った。試合内容だけを端的にまとめたDVDだったので、全再生時間は一時間半。高田と吉川は二周も見終えてしまった。
「なるほどな。試合の映像で見ると、あれだけ神谷がポジション、ポジションって言ってたのが納得出来るぜ。最初のほうの下手くそな連中だとサイドがガラ空きだったり、コート内にポコポコとデッドスペースが見えるもんな。吉川、お前もちゃんとポジションの勉強はしておかないと駄目だぞ」
「う、うん。そうだね、たっちゃん。……ところで、その……エッチなアレは、見ないの?」
 どうしても見たいわけではなかったが、あまりにもテニスの試合に興奮している様子の高田に、吉川はおずおずと尋ねた。ここまでスポーツのことに対して饒舌な彼を見るのは、小学生の時に野球をしていた以来だった。
「あ? んなもんいつでも見れるからいいだろうが。よし、もう一丁最初から見るぞ」
 そう言ってリモコンでいそいそとチャプター画面を操作する高田の背中を眺め、吉川は欠伸を噛み殺した。
 育ち盛りな彼は普段、夜の十時前には必ず就寝する。寝る子は育つという言葉を地で実践している吉川は、そろそろ眠気が限界に近付いてきていた。
 だがこれだけテンションの上がっている高田を前に自分だけ横になりたいだなんて口が裂けても言えない。特に明日は早朝から練習があるというのに、吉川はちゃんと起きれるか心配で仕方がなかった。
 結局その後、深夜の二時近くまで延々とテニスの試合を見ていた二人は、テレビを付けっ放しにしたまま、半ば気を失うようにいつの間にか眠りについていた。

 そして朝、デジタル時計を枕元に置いた吉川は、まだ眠りの淵にあった脳みそで何故こんな時間に目覚ましが鳴るのか、高田のイビキを聞きながらぼんやり考えていた。昨日見ていたテニスの試合のことや、昨晩食べた夕飯のこと、放課後の練習での一コマなど頭の中で再生していき、途端に彼はある事に気付いてハッと起き上がった。
 そして辺りを見回しながら再び枕元にあった時計を覗き込む。
「たっちゃん! 起きて! 朝練に行かなきゃだよ!」
 吉川の大声にピクリと反応した高田は、それでも起きる気配がなく寝返りを打った。
「もう、たっちゃん起きて! 朝練は七時からだって言ってたじゃん! 早くしないと遅刻しちゃうよ!」
 体を揺するとようやく高田はむくりと起き上がる。頭をボリボリと掻きながら大きな欠伸をして、高田はまだ完全に開ききっていない目で吉川をにらみ付ける。
「うるせえな、何なんだよこんなに朝早く……」
「七時から朝練だって! もう十五分で七時になっちゃうよ! 早く起きて準備しなきゃ!」
 吉川の必死の訴えに、高田も徐々に事態を把握してきたらしい。また閉じかけた瞼を途端にパッチリ開くと、顔から一気に血の気が引いていった。
「うおぉいっ! マジかよ! なんでもっと早く起こさねえんだ!」
「起こしたけどたっちゃんが起きなかったんじゃないか! それになんで朝練があるって知っているのに夜更かしするの! 早く寝ようって何度も言ったじゃん!」
「うるせえ! 何でもかんでも人のせいにしてるんじゃねえ!」
 言い争いをしながら二人は取るものも取り合えず身支度だけを整えると、寝起きにも関わらず学校へ向けて駆け出していった。通学路では早朝から口喧嘩をしながら疾走する二人の姿に、通行人達は目を丸くして見送ったという。





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