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2009'12.26 (Sat)

なんしきっ! 部活初日と拉致された丸男

 その次の休み時間、安西は学年主任から教わったことを早速、神谷と小堺に伝えた。
別段、帰りのホームルームの時にでも構わなかったが、きっと彼らも気を揉んで部活動新設のことを知りたがっていると思って、安西は四限目に控えている授業の準備を後回しにしてまで、二人に早く伝えてしまいたかった。
案の定、安西の話を聞いた神谷と小堺は飛び跳ねるほどに喜びを露わにした。実際に二人は手を取り合ってその辺りをピョンピョン飛び回っていたが、その素直な反応に安西もつい嬉しくなり、放課後二人がすぐにテニスコートを使えるように、体育教師からフェンスに掛かった施錠を開ける鍵を、昼休みには早くも借用した。
自分が顧問になるということも一応伝えたが、その時に何度も頭を下げた二人の姿を、安西はもう一度思い出す。
まだ制服が馴染んでおらず、見るからに子供な二人が、それでも精一杯の感謝を表してくれたことに、安西は清清しさと同時に教師冥利に尽きる喜びをひしひしと味わった。
初めは自分が運動部の、しかも新設される部活動の顧問に就くことに抵抗を感じ疎ましく思ったが、あの二人の笑顔を目の当たりにして、自分にも何か出来ることがあればと意気込みも湧いてきたし、期待感でワクワクしてきた。
体育教師に鍵を受け取った時に、早く放課後にならないかと、午後の授業を忘れてしまうほどに楽しみにしている自分自身が可笑しくて仕方なかった。

 さて、新入生にとっては緊張と喜びで迎えた中学生活第一日目が終わり、最後のホームルームを終えると、皆一様に溜め息をつきながら肩の力を緩めた。
これがあと一ヶ月もすると、三々五々一斉に部活動へ行く準備に入るのが放課後の光景になるが、まだ右も左もわからない新入生は、自分の席から立ち上がろうとせずに、他の生徒が動くのを横目でチラチラと牽制し合っている。それが正しい新入生一日目の姿なのだ。
 だが、そんな生徒達に交じって異色を放つ行動を取る人物が二人。神谷と小堺である。
彼らは担任の安西が締めの挨拶を済ませるや否や、筆箱や教科書を素早く通学鞄に収め、縦長で大きいバックを背負うと飛ぶ様に教室から出て行った。そして去り際、安西に
「じゃあ先生! テニスコートで待ってます!」
 と言い残すと、けたましい足音を響かせ、どこかに消えていってしまった。
 そんな光景を呆然と眺めるクラスメート達は、さらに自分達の行動ベクトルをどこに置いたら分からずに、所在なさげに目を泳がせるだけだった。
そんな生徒達に安西は
「皆さんも、もし良かったら部活動の見学に行ってみて。中学では誰でも必ずどこかの部活に入部しなければいけないので、先輩達の活動様子を観察しながら、自分が興味ありそうな部活を選んでみましょうね」
 と、優しくアドバイスを送る。担任教師に次の行動を促された生徒達は、近くの友人達と二三言何かを言い交わすと、やっと重い腰を上げ始めた。

 何もかもを教えてあげないと自分が次に何をしなければいけないか分からないのがまだ子供な証拠だし、それが当たり前で、だからこそ導いてあげるのが教師の仕事である。安西はそんな子供達を接するのを煩わしく思ったことは一度もないし、それを生業にしている自分に誇りすら感じている。
 なので、やっと立ち上がっても未だにノロノロと教室から出て行こうとしない生徒達を、目を細めて眺めていた安西は、弾む足取りで教室を後にした。そして手に持ったクラス名簿を職員室のデスクに置くと、そのまますぐにテニスコートへ向かった。神谷と小堺のあの様子では早めに行ってあげないと鍵が開いてないフェンスにヤキモキしていそうだし、何より彼女自身が、早く向かいたくてウズウズしていた。
 まるで自分も新入生として初めて部活動に参加するように、彼女の胸は静かに、だが確実に高鳴っていた。

 テニスコートのフェンスを開け、待つこと五分。校庭の野球場隣にある緑のフェンスに囲まれたテニスコートへ、お目当ての生徒達がやっと姿を見せた。
てっきり喜び勇んで教室から出て行ったので、神谷と小堺は先に待っていると思いきや、二人はまだ到着してなかった。不思議に思いつつもしばらく待っていた安西は、二人が近付いてくると声を掛けた。
「やっと来たわね、神谷君に小堺君。先生、待ったわよ。……で、その子は誰?」
 遅れたことを詫びるように軽く頭を下げた二人の間にいる、小柄で眼鏡を掛けた生徒を指差しながら、安西は尋ねた。両脇をがっしり固められ、半ば引きずられるように連れて来られた生徒は明らかに嫌そうな顔を浮かべて、隙あれば逃げだしたそうに自分の両隣を神谷と小堺を交互に眺めていた。
「こいつ、今朝先生に話した、心当たりがあるっていう部員です」
「丸男って言うんだぜ!」
 そういえば、と安西は思い出し、三人目の部員候補をマジマジと見つめる。
 彼らと同じように制服がブカブカなところを見ると、新入生らしい。しかも他の生徒に比べて寸丈の合わない大きな制服を見るからに、親御さんが彼の成長を願わずにはいられない思いがひしひしと伝わってくる。成長期に入った生徒は雨上がりの筍のようにグングン成長する。彼もこの卒業する頃には、身に纏っている制服の寸法にピッタリ合うほどに育つ可能性もあるだろう。
その小柄な生徒は、ニコニコと笑っている小堺を睨むと
「だから丸男じゃないって! それに入部するなんて一言も言ってないだろ!」
 と、声変わりがまだしていない甲高い声で反発した。その様子が小動物的で、安西はつい心がほっこりする。
「初めまして。私、この子達一年一組の担任、安西美和です。あなたは?」
 自己紹介を述べ、手を差し出す安西。そんな安西をマジマジと見つめながら、握手を求めた手は握らずに彼は答えた。
「一年三組の、丸藤達男です……」
 この時期の男子生徒は多感な子が多く、女性に触れ合うことに抵抗がある子が殆どなので、教師といえどもまだ若い安西の手を取ることなど恥ずかしくて仕方がないのだろう。
簡潔に自己紹介を済ませると、丸藤という生徒は眩しいものから目を背けるように、そっぽを向いてしまった。苦笑いを浮かべて差し出した手を引っ込めた安西は、丸藤の腕を掴んで離さない神谷に尋ねる。

「丸藤達男君……それで丸男君なのね。彼もテニス経験者なの?」
「そうだよ! 丸男は小学校一年生の頃からテニスをやってるんだぜ!」
 話が通りやすい方と思い、わざわざ選んで神谷に声を掛けたのに、何故か小堺が答える。その後に、落ち着いた声で神谷が丸藤について補足をしてくれた。
「丸男とは別のテニスクラブでしたが、大会で会うから結構顔見知りで。県大会でもベスト8に入っているから実力はあります。東北大会にも出場してますし」
 簡単に自分の経歴を説明された丸藤は、面白くなさそうにまたプイッと顔を背け唇と尖らせた。
「だから丸男じゃないって。それに、神谷君と小堺君なんて東北大会でちゃんと良い成績修めてるから、僕なんかより全然すごいじゃんか……」
「へぇ……。でもすごいじゃない。少なくとも皆、県大会は突破してるんでしょ? 新しく出来る部なのにいきなり実力派が揃っているなんて、すごいことよ。」
 素直に感心して手を叩く安西を眺め、丸藤は小さく溜め息をついた。
「でも僕……テニス部に入る気はありません。それに……中学に入ったらテニスは辞めるつもりなんです」
「あら! どうして?」
「それは……その、えぇと……」
 そう尋ねられた丸藤は曖昧に言葉を濁し、何かを発見したようにテニスコートのそれより向こう、野球場にあるバックネットを見つめた。
「その……僕、昔から野球が好きだったから中学になったら野球部に入ろうと思って……。
 だって、テニスをやってたって全然上達しないし、後から始めた人達からはドンドン追い抜いていかれちゃうし……」
 そう言って丸藤は、妬むような視線を両脇に居る二人へ送った。
 成績だけを聞けば、神谷や小堺の方が実力は上であるし、今の話から察するに彼らの方が丸藤よりの後にテニスを始めたのだろう。
 しょげた丸藤を励ますように、安西はわざと明るい声を出す。
「そんなの中学に入って頑張って、追い抜き返せばいいじゃない? せっかく小学校一年生からテニスを続けてきたのなら、なおさら勿体無いわよ。ね、丸男君?」
「……丸藤です。」
「あ、ごめんね。丸藤達男君、だっけ?」
 頭の形や眼鏡の奥のクリッとしたつぶらな瞳から連想される、言い得て妙なあだ名だが、本人はあまり気に入ってないらしい。

 よほどテニス部には入部したくないのか、先ほどから一向に拒否の姿勢を崩さない丸藤に、神谷と小堺はほとほと困り果ててしまっていた。安西もそれは同じ気持ちで、せっかく経験者で実力者が同じ学年にいて、新設される部に入ってくれればこれほど力強いこともないのだが、本人にその気がなくてはどうしようもない。かと言って、丸藤には見切りをつけて新しい部員を募ろうと思っても、新入生が二人しか在籍していない部活動では敬遠されるに違いないだろう。
 部員が適正人数に満たさずに準部でも構わないが、正直なところ彼らも顧問である安西も、それはあまり良しとしない。せっかくなら正式な部として認められたいのが本心というものだろう。

 テニスコートの横でしばらくだんまりを決め込んでいた四人だったが、一番に沈黙を破ったのは神谷だった。溜め息をついて丸藤の腕を離すと、肩に下げていた縦長の大きなバックを地面に下ろす。
「丸男がどうしてもテニスをしたくないって言うなら仕方ない。ただ、せっかくここまで来たんだから、一度だけオレと打ってくれないか?」
 そう言って神谷はバックの中から一本のテニスラケットを取り出し、丸藤に差し出した。彼が背負っていたバックは、どうやらテニスバックらしい。神谷はバックの中からもう一本ラケットを取り出し、サイドポケットからボールを取り出すと、丸藤に放って渡した。
 神谷から受け取ったラケットとボールを交互に眺め、しばらく考えた後に丸藤は右手でラケットを持つと、感触を確かめるようにバスケットのドリブルみたくボールを地面にポンポンと打ちつけた。そして相変わらず浮かない表情で「少しくらいなら……」と呟いた。
「ただ、本当に少しだけだし入部する気はないから!それに僕の名前は丸男じゃない!」
 そう強く言い切ると、丸藤はだれよりも先にテニスコートに入り、学生服の上着を乱暴にフェンスへ掛けた。そんな丸藤の様子をしたり顔でみつめながら、神谷と小堺も後を追ってテニスコートに足を踏み入れる。安西も慌てて後を追った。
 新設ソフトテニス部の記念すべき第一回目の練習が始まろうとしていた。


 昼休みのうちに安西が体育館脇にある用務室の奥から引っ張り出しておいたテニスのネットを、神谷と小堺は馴れた手つきで二本のポールの間に張る。そして簡単にストレッチを済ませて、神谷はネットの向こう側に走っていった。
「丸男、クロスでいいよな?」
「だから丸藤だって。いいよ、クロスで」
 本人にとってはよほど気に入らない渾名なのか、わざわざ訂正するのが可笑しいが、ラケットを構えた瞬間、丸藤の顔つきが変わった。コートの右側に立つ丸藤に対して、ネットの向こう側にいる神谷は真正面ではなく、丸藤と同じようにネットに面してコートの右側に立った。これがテニスでいう正クロス展開である。

 丸藤の掛け声と共に振られたラケットから放たれたボールが、緩やかな弧を描き正確に神谷の手前に着地する。そしてワンバウンドしたボールを、神谷は同じように短い掛け声を発して打ち返した。
「ねぇ、小堺君。ソフトテニスのボールってゴム鞠なのね。他にも硬式テニスとの違いってあるの?」
 コートの端でラリーをする二人を見守っていた安西は、小堺に尋ねた。
 なるほど、コートに立つ神谷と丸藤の姿を見るからに、自分が知っているテニスというものと『ソフトテニス』は、さほどかけ離れたものではないらしい。素人目で見てすぐに気付いた違いは、ボールがゴム状のものということだ。それで何故『ソフト』という名称が冠してあるか納得いったが、顧問としてもう少しソフトテニスに詳しくなっておいた方がいいだろう。
「硬式との違いかぁ。そうだな、ルールは大体一緒だよ」
「ちなみにルールって?」
「1ゲーム4点先に取れば良くて、4ゲーム先に取れば勝ち。簡単でしょ?」
 いつの間にか担任に対してタメ口になっている小堺だが、安西はあえて注意することを放棄した。この子にはいくら言い含めようとも、暖簾に腕押し状態になりそうだ。そもそも自分を軽んじているわけでもなさそうだし、屈託の無い笑顔で言われてしまっては、どうにも憎めない。まるで親戚の甥っ子と接している気分になる。
「ちなみに、どうすると点が入るの?」
「うんとね、相手がアウトしたり、サーブを二本連続サービスゾーンに入れなかったり、ツーバウンドしたり」
「基本はワンバウンドで取らなきゃならないってことね。ノーバウンドで取ってもいいの?」
「うん。いいんだよ。テニスは、ノーバウンドで取ってもいい卓球、って感じ。」
 なるほど、と納得し、安西は小堺の話に耳を傾けながら、コートでラリーを続ける二人を眺めた。よく見ると確かに二人とも打ったボールは相手のコート内にきちんと入っている。そしてそれを丁寧にワンバウンドで返している。

「二人とも……上手いわね」
 運動が苦手でテニスというものを真面目に見たこともない安西だが、ラリーを続ける二人を見ていて思った素直な感想がそれだった。背丈は自分より頭一つ分小さいのに、一生懸命ラケットを振って、飛んでいったボールが正確に相手の手前に落ちる。きっと今すぐ自分が同じことをやれと言われても、まず出来ないだろう。ボールを飛ばすどころか、まともにラケットへ当てることすら難しそうだ。
「そりゃそうだよ。丸男は小学校一年からやってるし、正樹は東北チャンプだからな。でもな、アレでまだお互い本気で打ってないんだよ」
「え! そうなの?」
「うん。まだ肩慣らしだからロブで様子見している」
「ロブ、って何?」
「打ち込まずにポーンって上げることだよ。打ち込むのはシュートボール」
 確かに先ほどから二人が打つボールは、山なりに弧を描く緩やかなボールである。他にどういった種類の打ち方があるかはわからないが、安西はこれがロブというものなのだと理解した。
「そろそろ、正樹が打ち込むよ」
「えっ、そうなの?何でわかるの」
 と聞き返そうとした瞬間、神谷の後ろに引いたラケットが素早く体の真横を一閃したと同時に、それまで軽い音を立てて飛んでいったボールが、炸裂音と共に信じられないスピードで丸藤側のコートに飛んでいく。安西はそのたった一瞬の出来事に目を見開き、呼吸をするのを忘れるほど衝撃を受けた。
 自分よりも確実に小柄なはずの神谷が、ボールを打つ瞬間だけ身体が大きく膨らんで見えた。
 少し遅れ気味に反応した丸藤が、ほうほうの体でボールを返す。そして神谷は緩やかに戻ってきたボールを、再び力を込めて打ち返した。
 さっきよりも心なしか、球威が上がったように安西は思った。

「ちょっと…神谷君すごいじゃない! あんなに速いボールが打てるだなんて!」
 興奮したように手放しで褒める安西だったが、小堺は鼻で笑って首を振る。
「確かに正樹の球は威力があるけど、あいつがすごいのはそういうところじゃないんだな」
「へ? 違うの?」
「うん。正樹くらいの球だったらオレだって打てるし、同い年でもっと速い球を打つやつなんていっぱいいるよ!
 東北とか全国に行けば、正樹の球なんて遅い方かもしれないって、クラブのコーチが言ってた」
 安西は目を丸くしてコートを眺める。神谷はなおも丸藤に弾丸のようなボールを打ち続けている。遠くて見ているこちらまでそのボールの音と衝撃が、痛いくらいに響いてくる。
 あんな球を間近で観察しようものなら、安西は腰を抜かしてしまいそうだ。それなのに、小堺が言うには彼のボールはそれほど威力がない方らしい。まったくの素人である安西には、ソフトテニスの奥深さの片鱗を味わった気分だった。
「それじゃあ、神谷君のすごいところってどういうところなの?」
「うんとね、正樹のフォームをじっくり見ていて」
 小堺に言われて、安西は目を凝らし、ジッと神谷の打つフォームを観察する。ラケットを後方に高くかざすように引き、自分の手前にバウンドしたボールにタイミングを合わせて腰を回しスウィングする。何球かボールを打ち込んだが全くフォームにばらつきは無く、足はがっちり地面を噛んでいて、初めてソフトテニスプレーヤーを目の当たりにした安西でも分かるほどに、安定したフォームだ。

「……きれいなフォームね」
 思わず口からこぼれた率直な感想だったが、その言葉を小堺は聞き逃さなかった。
「そういうこと。正樹のフォームはすっごく安定していてきれいなんだ」
「え? そうなの。それが神谷君のすごいところなのね」
 まったくそんなつもりはなく口をついた言葉だったが、まさか正解だったことに安西は気を良くする。
 小堺は担任がその答えをどれだけすごいことなのか理解していないと思い、自分が出した問題の解答を解説した。
「正樹のすごいところはね、ロブでもシュートでも、どんなボールで打ってもフォームが変わらないことなんだ」
「ふぅん。……それってすごいことなの?」
「そうだよ。試合中はね、対戦相手の打つ構えを見極めないと、次の行動をするときに一歩遅れてしまうんだ。逆に相手の打つ構えが分かりやすいと、先手で攻められるし。
 その点、正樹は全く同じ構えで色々なボールを繰り出すから、対戦相手に先手を取らせないんだよ」
 そう言われてじっくり眺めてみると、神谷は丸藤が返した球を全てシュートボールで返すわけではなく、時々ロブも織り交ぜてラリーをしている。だが、そのフォームは一糸乱れることを知らず、安西には丸藤側のコートにボールが届いてから、初めてロブだったのかシュートだったのかを判断出来る程度だった。
「同じフォームで色んなボールを打つのって、そんなに難しいの?」
「そりゃあ、ある程度は変化をつけずに打ってくる人はいるけど、あそこまで違いを出さずに打てるのは、正樹以外見たことがないよ」
「ふぅん、さすがは東北チャンプなのね……」

 小堺の解説に納得した安西は再びコートに目を向ける。
 ついさっきはロブとシュートを打ち分けていた神谷だったが、今はシュートボールをガンガン丸藤に打ち込んでいる。対する丸藤は同じ球威で打ち返すことが出来ず、緩やかなロブで返すのみ、徹底して防戦だった。一方的に打ち込まれるだけの丸藤がまるで神谷のサンドバックみたいで、安西は小柄で非力そうな彼が可哀想に思えてきたが、隣の小堺は感嘆の声を上げて、「さすがは丸男だな……」と一人ごちた。
「なんで? 丸男君のどこがすごいの? ただ打ち込まれっ放しで反撃出来ないように見えるけど?」
 小堺の呟きを聞き逃さなかった安西はすかさず質問を浴びせる。すると小堺は呆れたように溜め息をついてニンマリ笑った。

「分かってないな、先生は。丸男はね、反撃出来ないんじゃないの。あれがあいつなりの攻め方なの。よく見てみて。正樹の方が疲れているでしょ?」
 そう言われて目を凝らしてみると、だいぶ息が上がって肩を揺らしている神谷に対して、丸藤は全く疲れた様子もなく、冷静に神谷の打ち込んでくるボールを処理している。
 そして五分ほど続いたラリーはついに終わりを迎えた。息を切らして少し大振りになった神谷のボールが、大きくサイドに反れてフェンスに当たった。小堺からの解説を受けながらだったから気付かなかったが、随分と長いラリーだった。
「丸男のすごいところはね、どんなに打ち込まれても、どんなにフォームが崩れても必ずボールを拾って相手コートに返すことなんだ。しかもなかなかアウトしてくれないし、ロブばっかりだし。根気良く勝負しようとして丸男に勝てるやつはまずいないよ。大体のやつが先に打ち負けるか、勝手に自滅してくれるよ。
 俺達前衛にとっちゃ、天敵みたいなものだしね」
「そうなんだ……。一見地味に見えるけど、丸男君すごいのね」
 向こう側コートで肩で息をしている神谷と、涼しい顔でボールを拾いに行く丸藤を比べれば一目瞭然だった。
 だがそこで、安西は今ある光景を見てふと一つの疑問に思い当たった。
「でも、それじゃ神谷君より丸藤君の方が強いってことなの? 確か成績では神谷君の方が上なのよね?」
「そうだよ。でもね、それがソフトテニスの不思議で楽しいところなんだ」
 そう言いながら小堺は屈伸をしたり、腕を伸ばしたりストレッチを始めた。今まで安西への解説役に甘んじていたが、どうやら二人が打ち合いをしているのに感化され、我慢できなくなったらしい。
「そうだ。さっき先生、硬式と軟式の違いって聞いてきたよね。
 ソフトテニスの一番の特徴は、試合は全部『ダブルス』ってところかな?」
「『ダブルス』? つまり二人一ペアでやるってこと?」
「そう。だからソフトテニスは実力もそうだけど、チームプレーが勝敗を左右するんだよ。まぁ、見ててもらえば一番よくわかるかな」
 そういうや否や、小堺は再びラリーを始めたコートに走っていった。そして丸藤や神谷のようにコートの後方ではなくコートの中、ネット前に立って声を張り上げる。
「いい、先生! 正樹と丸男は後衛! 俺は前衛! チームプレーってやつを見ててね! 
 正樹! 好きなところへ打ち込んでいいぞ! 丸男! しっかりと繋げろよ!」
急にラリーへ割って入ってきて仕切り始めた小堺に、後衛陣は途端に顔色を変えた。
「了解。朔太郎、ガンガン抜いていくぞ」
「丸男って言うな!」

 丸藤が抗議の声を上げたと思った矢先、神谷は前に詰めている小堺の頭をロブで越えた。そしてそれにあわせて丸藤は素早く左に走り、ボールに追いつく。丸藤が移動すると一緒に、小堺もいつの間にかコートの右側に移動していた。
 走らされたお返しとばかりに、丸藤は真っ直ぐ神谷がいる方向ではなく、右方向へ大きくロブで返した。当然のように真横に移動し神谷もボールに追いつく。
 そしてさっきの丸藤よりは一瞬反応が早かったからか、走らされたにも関わらず余裕を持ってシュートボールを打ち込んだ。この展開は先ほどの正クロスとは反対の展開、逆クロス展開である。

 右利きの後衛には打ちにくい展開なので普通は敬遠するが、丸藤は一つの策があったので、あえて勝負に挑んだ。神谷の勢いの乗ったシュートボールを丸藤はバックハンドでなんとか返したが、バランスを崩す。
 それを見逃さなかった神谷はとどめとばかりにさらに球威を増したシュートボールを打ち込んだ。
 その瞬間、一つの黒い物体がネットを横切ると同時に、神谷の渾身の力を込めたシュートボールは逆方向にはじき返されていった。
 安西は何が起きたのか全く理解出来ずに口をあんぐりと開けて固まってしまったが、丸藤はホッと吐息を漏らすと、ずれた眼鏡を直しながら、にっこり微笑んで小堺に声を掛ける。
「ナイスボレー。相変わらずバックボレーが上手だね、小堺君は」
 その時になって安西はやっと、小堺が神谷の球を弾き返したことに気付いた。神谷のシュートボールがネットを通過する直前、横移動した小堺がタイミングをあわせてラケットで跳ね返したのである。一瞬の出来事だったが、それを現実に行いポイントを先取したのは紛れも無く小堺だった。

 その小堺が未だ呆けている安西に振り返る。
「先生! これがソフトテニスのチームプレーだよ! 正樹達後衛がボールを繋いで、俺達前衛がボレーを決める! ソフトテニスはこうやってポイントを取っていくんだよ!」
 それだけを伝えると、小堺はすぐに顔を正面に向け、神谷に「もう一本!」と声を張り上げる。負けず嫌いそうに苦笑いを浮かべた神谷は、再び正クロスからラリーを始めた。   

 そして今度は打ち込もうとせずに、ロブで牽制し合う。大きく山なりに弧を描くロブは小堺の頭上をやすやすと越えていく。なるほど、こうされては先ほどのように小堺がボレーを打つことは出来ない。だが、あの長かった最初のラリーからも分かるように、あまり打ち合いが長引けば神谷が不利になることは明白である。
 もちろん本人もそれを知らないわけではないし、策もある。ロブで牽制し合う単調な展開が続くと思った矢先、さっきから全く乱れないフォームでボールを繰り出す神谷のラケットが一閃した。身体は真っ直ぐボールと丸藤に向けられているはずなのに、そのボールは途端にシュートボールに化けて、小堺の守るコートの左側のさらにその隙間を刺した。
 身体の向きからは有り得ない方向にボールを打ち込んだ神谷。
 まったくコートのサイドを意識することなく、ラケットの当たる角度だけで調整したテクニックは、まさに一級品である。一歩も動けなかった小堺は驚いたように目を丸くして、ニンマリと嬉しそうに笑った。
 そんなあっさりと抜かれてしまった前衛に、神谷は不敵な笑みを浮かべ苦言を呈する。
「朔太郎、ちゃんと前衛の仕事をしてもらわないと困る。攻めるだけじゃなくて守るのもお前の仕事だろ」
「なぁに、正樹の打ち分けの上手さがすごいだけさ! 俺でも抜かれるくらいなんだから、他のやつに止められることはないよ!」
 厭味に褒め言葉で返す小堺は、ポイントを取られたというのになんだか嬉しそうだった。
「もう一本!」と続きを促す小堺だったが、即席ペアの丸藤はボールを前衛に渡す。
「ちょっと僕にも一休みさせてよ。悪いけど小堺君、神谷君と二人でやって」
もう少しペアプレーを楽しみたかったのか、小堺は残念そうな顔をしたが、すぐに気持ちを切り替えて神谷とクロス展開でラリーを始めた。

更新日 12月31日


「お疲れ様。すごく上手だったわよ。先生びっくりしちゃった」
 コートから離れてベンチに座った丸藤に、安西は労いの言葉を掛ける。すると丸藤は気恥ずかしそうに顔を伏せ、「あ。はぁ、別に……」と言葉を濁した。ちょうど思春期真っ盛りな丸藤は、若い女性教師である安西の存在が眩しくて、素直に受け答えをするのが照れ臭くて仕方ないらしい。その点では無邪気に自分へ接してくるあの二人よりは心が成長しているように感じてしまう。
「でも不思議なんだけどね、さっきのラリーを見ていると、神谷君の方が球は速くて一見上手そうに見えるけど、丸男君の方がミスは少ないじゃない?」
「先生、丸藤です」
「あ、ごめんね。……それなのに、神谷君の方が成績が上なのはなんでなのかなぁ、と思って」
 いかにも素人な質問に、丸藤はしばらく考えてからおずおずと答える。
「えぇとですね、さっき小堺君が『後衛が繋いで前衛が決める』って言ってましたけど、必ずその図式どおりになるわけじゃないんです。僕の場合、あまりにも繋げ過ぎちゃって、その分前衛に負担が大きくなるんですよ」
「ふぅん、そういうものなの?」
「はい。僕はロブしか打てないので、相手の後衛にしたらシュートボールを打ちたい放題なんです。だから小堺君みたいによほど上手な前衛だったら全部取ってくれますけど、ほとんどが前衛に集中攻撃をされて結局負けちゃうんですよ。
 その点、神谷君は繋げるテニスも出来れば攻めるテニスも出来ますし、ゲームの組み立て方も上手ですから。加えてあの何を打つのか分からないフォームで来られたら全然勝てませんよ。
 実際にジュニアの県大会で彼と対戦したことがあるんですけど、4-0で圧勝されましたね」
 自分の短所を淡々と解説する丸藤に、素人でも分かりそうな解決策を安西は提案してみた。
「丸藤君もシュートボールを打てば良いだけの話なんじゃないの?」
 安西の一言にグッと声を詰まらせた丸藤は、溜め息をつくと自嘲気味に笑った。
「先生は何も知らないから簡単に言いますけどね、シュートボールなんてそんな易々と打てるものじゃないんですよ。神谷君はあっさり打ってますけど、それは彼が才能あるからなんです」
「そうなの? だってさっき小堺君がね、あの程度なら誰でも打てるって言ってたけど?」
 実際にコートの上でラリーをしている小堺は、神谷にも負けずとも劣らない威力のあるシュートボールを繰り出している。それを神谷もシュートボールで打ち返し、目にも止まらぬ速さでシュートとシュートの応酬が繰り広げられていた。

 そんな光景を丸藤は羨ましそうに眺め、すぐに沈痛な表情をして顔を伏せた。
「僕は力が弱くてシュートが威力ないから、逆に相手前衛へ簡単にボレーされちゃうんです。クラブのコーチも、だったらロブだけ打ったほうがいいって。あの二人は才能あるからですよ。僕なんて小学校一年生からずっとテニスを続けていたのに、四年生から始めたあの二人から一年であっさり追い抜かれてしまったんです。正直、すっごくショックでした。
 ……だからもう中学ではテニスを辞めようと思ったんです」
「なるほどね。野球が好きだって言うのは嘘だったんだ」
 このテニスコートへ連れて来られたとき、理由を尋ねられて少し口ごもったが、丸藤はそれを隠したかったのである。
 しばらく考え込んだ後、丸藤は黙って頷く。
「本当は、テニスが好きなんでしょ? だってテニスをしているときの丸藤君楽しそうだったし、活き活きしていたもの」
「……はい」
 弱弱しくか細い声だが、丸藤はしっかりと答えた。安西はホッと安堵の溜め息をつく。もしも彼が本当にテニスを嫌いだったら、神谷と小堺が彼をここへ連れてきたのはある意味酷い行いである。それを容認していた自分も教師として大人として反省すべきことだったろうが、彼の本心を知った今、安西は俄然丸藤の気持ちを激励したくなった。
「だったら、テニスやろうよ。あの二人に敵わないからって辞めちゃうなんて勿体無いわ。それにここのテニス部に入ればチームメイトになるんだし、あの二人と試合をすることはないって事よね?」
「いや、個人戦なら当たることもありますけど……」
「あ、そうなの。……でもあの二人と身近に練習が出来るんだから、弱点を知ることも出来るし、技を盗めるかも知れないじゃない!」
 それは彼らにしても逆のことが言えるのだが、今の丸藤はそこまで考えが至らないようで、素人である安西の言葉に素直に関心を示した。
「なるほど、そうですね」
「そうよそうよ。それにあの二人、一人でも多くの部員を募りたいって心から願っているの。そこに丸男君が入ってくれたら、これ以上力強いことはないわ! あの二人のために、そして君自身のために、テニス部に入ってみない?」
「先生、丸藤です。……うん、わかりました」
 丸藤はグッと顔を上げると、コートでラリーをしている神谷と小堺を見つめた。眼鏡の奥にある二つのつぶらな瞳が、爛々と輝いている。そこには、はっきりとした意志が秘められていた。
「そこまで言うんなら……僕、テニス部に入ります」
 その丸藤の一言に、安西は喜びを露わにして手を差し出した。
「やった! ありがとう! そして、これからよろしくね、丸男君!」
 安西の笑顔があまりにも眩しすぎて直視出来ず、眼鏡を手で直しながら真っ赤になった顔を背けて丸藤は言った。
「先生、だから僕、丸藤です」





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2009'12.23 (Wed)

なんしきっ! 安西と学年主任と創部について

「まぁ、問題ないでしょうな」
 新入生からのあまりに唐突な要望を受けた安西は、その休み時間は次の授業の準備が立て込んでいたので、自身が空いている三限目に学年主任の田中へ、部活動新設の件を尋ねてみた。ちょうど田中も三限目は空き授業だったのでもっけの幸いである。
 神谷と小堺の話から始まり、テニス部を新設したいということや、部員は不確定な生徒がもう一人いるのを併せて三人しか居ないこと。神谷は東北大会で優勝経験があり、小堺も東北ベスト8には入賞している実績があることなど、事細かに説明をした。
 そんな安西の話をただ頷きながら耳を傾けていた田中の第一声がそれである。

「え……問題ないんですか?」
「えぇ、申請さえ出せば容易に通るでしょうな」
 あまりに呆気ない回答に目を丸くする安西をよそに、田中は自分のデスクにある棚から一つの分厚いファイルを取り出しパラパラとめくり始めた。
「えぇと、部活動新設に関して……お、あったあった」
 田中は目当てのページを探し出すと、安西にそのファイルを差し出す。そこに書かれてある規約を安西に読ませながら、田中は解説をした。
「とりあえず正式な部活動と認められるには、先に安西先生がおっしゃったように部員が最低でも4人は必要です。でもだからと言ってそれで部活動が出来ない、というわけではないんですな。部員が規定に満たない場合や、校外での活動になる場合は『準部』扱いになります」
「『準部』……ですか?」
「そうです。
 といっても、正式な部活動との違いといえば部費が下りるか下りないか程度ですよ。もしも大会に出場するというなら、その参加費用は学校側が負担し、遠征をしたいというならある程度の補助金は支給されます」
「へぇ……そうだったんですか」
 田中の話に頷きながら、安西は冊子に書いてある規約にも今聞いた事が記載されていることを再確認した。
「でも、やっぱり部活動を一つ作るってなると、教頭先生とか校長先生の許可が必要になってくるんですよね?
 その点は全く問題ないんですか?」
 そう尋ねながら安西は教頭である村田の顔を思い浮かべながら、苦い気分になった。無駄に頭が固く遠慮無しに他人のミスをネチネチ指摘してくる村田を、安西は目の上のタンコブ扱いしていた。昨日もちょうど職員会議で、無視してもいい程度のミスを延々十分もお叱りを受けたばかりである。
 そんな安西の胸中を察してか、田中は苦笑いを浮かべ「大丈夫でしょうな」と答えた。
「部活動新設の承認は校長先生がされるはずです。校長先生は何より生徒の自主性を重んじる方ですからな。二つ返事で了承してくれるはずでしょう。
 それにあの教頭先生も良い成績を修めている運動部はかなり優遇してくれますからな。えぇと、その神谷君という生徒は東北大会……」
「優勝しているそうです」
「そうそう、それです。もう一人の子も東北でしたっけ。それだけ優秀な実績があるならあの教頭も頬を緩めて承諾するでしょうな」
 そう言いながら田中は溜め息を漏らして腕組みをした。
 彼自身、男子バレー部の顧問兼コーチを務めているが、そこは毎回地区予選敗退の弱小チームなのである。特にこの佐高第七中学校は野球部を筆頭にサッカー部、バスケット部と県大会出場常連チームが多いので肩身が狭いのだろう。彼の指導に問題があるわけではないが、運動神経が良い生徒は自ずとそういった強豪部に流れてしまうので、バレー部に残るのは必然的にスポーツよりも勉学やゲームが得意そうな生徒ばかりになってしまう。
 そんな彼にしてみれば、いきなり東北大会出場者が二人も入部するテニス部が羨ましく見えるのだろう。
 だが、スポーツ全般には全く興味がない安西に、そんな苦労は一端も理解出来ないのである。

「活動場所も競争倍率は激しい体育館を使用するでもなく、ここ数年間空き地と化していたテニスコートですからな。学校側としては願ってもないことでしょう。申請書に適当『生徒の自主性を尊重』とか『心身の鍛錬の育成』とか付け加えれば、なおさら心証が良くなるはず。
 そこのところは国語教師の安西先生、あなたの方が上手に書けるでしょう」
 田中の話を小耳に挟みながら、安西は部活動新設規定書の文字を目で追っていた。確かに田中が言うように、部活動の新設はさほど困難ではないらしい。そればかりか規定書の内容を噛み砕いて解釈してみると、逆に部を新設すること自体が優遇されているようだ。
自分が知らない学校の一面を垣間見たようで、安西は感嘆の声を漏らす。

「私、てっきり部活動を作るのって、もっと面倒くさいものだと思ってました。
 例えば教頭先生が大反対して隣町の中学校と試合をして勝たなければ部活動新設が認められなかったり、教育委員会が圧力をかけてきて皆で雨の中土下座をしに行ったり……」
 安西の根拠の無い妄想に、田中は声を上げて笑った。
「今時そんなことをしたら、PTAに何を言われるか分かったもんじゃありませんよ! 先生は面白いことを考えますな! 漫画の読みすぎではないですか?」
「私、漫画は読みません……」
「じゃあ、ドラマの見過ぎですな! ハハハ!!」
「う、うぅ……」
 顔を真っ赤にしながら俯く安西。生徒たちにも時々、乙女チック過ぎるとか妄想癖が激しいなどと笑われることがしばしばである。本人から言及させてもらえば、周りの人間が淡白な思考過ぎるだけだ。
「わかりました。田中先生、ありがとうございました」
 そう言ってファイルを閉じ、安西は田中に恭しく返した。田中も朗らかな笑顔でそれを受け取り、棚に戻す。


「それと田中先生。放課後に彼らが早速テニスコートを使用したいらしいんですが、それは大丈夫でしょうか?」
 彼らからの、さし当たって即急性の高いもう一つの要望を学年主任に尋ねてみると、田中は数瞬考え込みながら答える。
「大丈夫だと思います。ただ彼らだけというのも後々面倒になりそうですので、安西先生も付き添って下さい。教頭先生には私から話しを通しておきます」
「何から何までお手を煩わせて申し訳ございません。あの子達もきっと喜びます」
「いえいえ。私としてもそこまで行動力のある生徒は久しぶりですからな。今後に期待しますよ」
 慇懃に感謝の述べ、頭を下げる安西。
 てっきり放課後までに色々な先生や事務員に話を聞かなければいけないと高を括っていたので、こんなにもあっさりと事がまとまったので、田中には心から感謝していた。学年主任の名は伊達ではないと、安西は改めて感心した。

 そんな田中にお礼の意味を込めてコーヒーでも淹れようと席を立ったとき、田中は何か思い出したように手を叩くと、安西を再び席に着かせた。
「そうそう、大事なことを忘れてました! 正式な部活動でも準部でも、必ず必要になってくるものがあるんです」
「それは一体、なんでしょうか?」
 これまであまりにトントン拍子に話が進み過ぎたので、きっと大きな落とし穴があると思った安西は身を引き締めて田中の次の言葉を待った。
「……顧問です」
「顧問、ですか?」
「そうです、顧問です。どんな部活動でも必ず一人以上は顧問が就かないといけない規則があるのです」
 安西はホッと安堵の溜め息をついて肩の力を緩めた。あまりに当然な事につい笑いさえ込み上げてくる。
「それはそうでしょうね。部活動といっても生徒だけでは出来ることに限界がありますし、それも教師としても責務でしょうから」
「まったくその通りです。そこまで分かっているなら話が早い。安西先生、頼みましたよ」
 安西の中で一瞬、時が止まった。
 田中の言葉を飲み込むまでしばらく時間が掛かったが、理解をした安西は思わず驚いて身を乗り出した。
「私が顧問ですか!?」
 大声を上げて驚いた安西に、田中は逆に驚いてしまった。大きく目を見開いた安西に負けないほど、目を見開いた田中が不思議そうに尋ねた。
「だって、そうでしょうな。安西先生が持ち込んだ話ですし、その二人の担任ということもありますし」
「でも私! 現在、科学部の顧問もやってますよ!」
「何をおっしゃいますか。科学部なんて名ばかりで、実際のところは帰宅部でしょうが。活動なんてせいぜい月に二、三回程度でしょう?」
「う……」
 田中が言うことがごもっともで、安西は反論出来ずに塞ぎ込んだ。

 確かに科学部は月に数回、理科室に集まるだけで、それも活動といってもせいぜいやる気のない生徒達と校庭に生えている草花を観察したり、スライムを作る程度である。
 正直なところ、安西は運動部の顧問というものが苦手だった。自身が運動音痴というのもあるが、顧問になると授業以外で拘束される時間が倍以上になる。放課後は必ず部活に立ち会わなければいけないし、休日ともなれば練習で確実に半日は潰れてしまう。只でさえ中学教師は忙しいのに、運動部の顧問ともなればますます学校生活に忙殺される羽目になるのだ。それに屋外での運動部ともなればお日様の下に晒される時間が長くなり、お肌のケアも大変になる。お嬢様育ちの安西には、それが耐えられなかった。
 なのでこれまで、上手く理由をつけてなんとか科学部の顧問以外の仕事から逃げてきたが……。

「安西先生、ここら辺が潮時かもしれませんな」
 意地悪そうに歯を見せて笑う田中には、全てお見通しだった。学年主任として、常々彼女に教師として新たなステップを与えたいと考えていた矢先に、今回のテニス部新設は絶好の機会だったらしい。
「先生もご存知の通り、現在我が校の教師は全員何かしら部活動の顧問に就いていて、新たに出来るテニス部の顧問をする手間はないんですよ。
 そこをいくと、帰宅部状態の科学部顧問でいらっしゃる安西先生が一番適任かと思いますが、如何ですかな?」
 安西自身も自分しかいないというのは分かっていたが、それでも気持ちが良しとしない。頭の中では諦め悪くも、さっきから何とか言い訳を考えようとフル回転している。
「やっぱり……科学部をしながら兼務となると難しいんじゃないかな、と思うわけですよ」
「そうですかな? 現状からいくとさほど無理はないと思いますが?」
「いやいや、今年からですね……科学部も本腰を入れて活動を始めようかなと、思いまして……」
「ほうほう、例えば?」
「……草花を植えたり」
「それは美化委員会の仕事でしょう」
「……巨大スライムを作ったり」
「そんなものを作ってどうするんです? 教頭先生が頭から湯気を立てて飛んできますよ?」
「……うぅ」
「先生、観念してテニス部の顧問をやられてはどうですか?」
「……うぅ」
 なおも抗おうとする姿勢を崩さない安西を前に、田中はまるで生徒をたしなめている気分になった。
 いや、下手をするとまだ生徒の方が言うことを聞くなと呆れて、彼は仕方なく最終手段に出ることにした。彼女の教師としての使命感に訴える。

更新日 12月25日

「では仕方ありませんな。顧問がいないというならば、テニス部の話は無しということで……」
「えっ! 何でですか?」
「だって、さっきも言いましたとおり、他に顧問が出来る先生はいませんし。顧問がいないとなれば、やはり受理されないのですよ」
「そんな……」
「その生徒達も可哀想ですな。せっかく意気揚々とテニス部を設立しようとしていたのに……。
 ただ顧問がいないというだけで。残念です」
 安西は今朝出会ったばかりの神谷と小堺の顔を思い出していた。大人しい性格の神谷と、明け透けとした性格の小堺が最後に見せた笑顔……。あれは自分を頼り、信じた笑顔だった。もしも自分が顧問をやらなければ、あのせっかく見せてくれたあどけない笑顔を無碍にすることになる。それは教師として、大人として……正しくない。
「……わかりました。顧問をやります」
 田中は内心ほくそ笑みながらも、わざと驚愕の表情を作った。
「本当ですかな?」
「はい。私、あの子達のために頑張ります」
 渋々ながらも、しっかりとした意思を持って安西はそう告げた。田中はホッと溜め息を漏らしながら、顔をツルッと撫でた。
「そう言って頂けると助かります。いやいや、安西先生。ありがとうございます。それでは私は放課後までに部活動新設に必要な書類を集めておきましょう」
「何から何まで本当にありがとうございます。あ、私コーヒー淹れてきますね」
 そうお礼を述べると、安西は職員室専用の給湯室に向かった。

そしてあることに思い出して、田中に尋ねる。
「田中先生。ソフトテニスってご存知ですか?」
 小首を傾げながら田中は「軟式テニスの事ですかな?」と即答した。どうやら知らなかったのは自分だけで、それほどマイナーなスポーツではないらしい。
「じゃあ、ソフトテニスとハードテニスの違いまでご存知です?」
 今度は反対側に首を捻りながら、田中は少し自信なさげに「確かボールが違ったような……」と呟いた。物知りな学年主任といえども、さすがにそこまで博識ではないようだ。
「わかりました。ありがとうございます」
「あ、安西先生。一つだけ……」
「はい? なんでしょうか?」
「硬式テニスをハードテニスとは言わないと思いますよ」
 田中の当たり前過ぎる指摘に、安西は納得したように大きく頷く。いくらスポーツが苦手でも、ここまで来ると知らないというレベルを超越している。だが、そこまで無知な自分を気にする様子も無く、安西は朗らかな微笑みを残して、再び給湯室に向かった。

 その後姿を眺めながら、田中は再び溜め息をつく。
 最近はマスコミなどで『キレる中学生』などと、学生を無駄に危険視する報道が見受けられるが、それはあくまでごく一部の生徒だけで、彼の視点から見ればそれほど一昔前と変化は無く、むしろ教養がしっかり身に着いた生徒が増えてきているように感じる。自分が接している生徒達は非常に聞き分けがよく大人しい子供ばかりだ。それが良くないという意見もあるが。それよりも面倒なのは……どちらかといえば同僚教師や親などの大人達だろう。
 そんなことをさっきのやり取りを通して感じた田中だが、すっかり機嫌を直し鼻歌を歌いながら給湯室でコーヒーを淹れてくれる安西を見て、ここにもまた聞き分けの良い子供が一人、と声に出さずに笑った。




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2009'12.21 (Mon)

なんしきっ! プロローグ

更新日 12月21日

エピローグ

 一つ50円のリンゴが二つあったとする。当然のように二つ同じ籠に入っていれば100円の価値が付くだろう。
だがそれが人間ならばどうだろうか。
例えば50の実力を持った人間がいて、そこに同じく50の実力を持った人間を組み合わせるとき、必ずしも二人で100になるとは限らない。お互いの気持ちがすれ違うとき、信頼を失うとき、疎ましく感じるとき、二人合わせた実力は80や60、もっと最悪の場合は50以下になりかねない。
一緒にいない方がマシだ。

 しかし、互いの気持ちが一つに重なるとき、信頼しあうとき、50と50が組み合わされて120や150の実力を引き出す場合もある。
 人間というものは厄介であり、不思議な生き物だ。
だが、だからこそ面白くて素晴らしい。



「先生、テニス部を作りたいんですけど」
 始業式が終わり、これから中学三年間、新しい学び舎で過ごす事に興奮冷めやらぬ新入生諸君を迎えた一年一組の教室。そこでホームルームを済ませた担任・安西美和は、職員室に戻ろうとした足取りをふいに後から掛けられた声に呼び止められた。
振り向くとそこには、たった今自分の教室にいた二人の男子生徒がいた。
安西は手に抱えていたクラス名簿を開くと、そこにいる二人の顔と先ほどの自己紹介の場面を頭の中で照らし合わせた。
「えぇと、神谷正樹君と……小堺朔太郎君、ね」
 まだ初対面なので名前と顔が全く一致せず、安西は確認する意味も込めて二人の男子生徒をフルネームで呼んだ。すると二人はすげなくコクリと頷いたので、安西は内心ホッとして二人に笑いかけた。
「それで神谷君と小堺君。何のお話だったかしら?」
 すると小堺という生徒は屈託のない笑顔をくしゃっと緩ませ小さく吹き出すと、隣にいる神谷に耳打ちをする。
「おい、正樹。この先生、たった今聞いた事をもう忘れてるぜ。本当に大丈夫かな?」
 小堺に尋ねられた神谷は真っ直ぐに前を向いたままの姿勢で、担任教師を値踏みするようにジッと視線を安西の顔を据えた。無表情のまま神谷に見つめられた安西は、彼の吸い込まれそうなほどに奥深い光を持つ瞳に捉えられ一瞬躊躇いだが、すぐに教師としての威厳がむくりと甦り、肩まで伸びた横髪を手で払うと、ムッとした表情を作り小堺をたしなめた。
「先生は急に声を掛けられたので聞き逃しただけです。決して今言われたことを忘れたわけではありません。小堺君、先生に対してそういうことを言ってはいけません」
 生徒や同僚教師からもおっとりとした性格で慕われている安西だが、それでも生徒との過度の馴れ合いやスキンシップは好ましくないと感じている。今の小堺が言ったことも、おどけてジョークで返したり聞き流したりも出来たのだが、とにかく生徒との関わり合いは一番最初が肝心なのだと教師になった当初から肝に銘じてきた。なのでわざと厳しく指摘したのだが、当の本人はケロッとした様子で反省した素振りもない。あけすけとした笑顔を安西に向け、可愛らしく首を傾げて見せただけだった。
 たまにこういう小堺のように、いくら説教をしようとも反省も反発もせずに、糠に釘を打ち込むような生徒がいるので、安西は諦めて隣にいる姿勢良く自分を見上げている神谷に声をかけた。
「それで、話は何だったかしら?神谷君」
 名前を呼ばれた神谷は小さく頷くと、一度小堺に目配せをしてから口を開いた。
「先生、僕達テニス部を作りたいんです」
 安西は神谷の言葉を自分の中で反芻をすると、まだ真新しくブカブカの学生服に身を包んだ二人から、視線を廊下に面した窓にスライドさせた。
 そこからは高いフェンスに囲まれた扇形の野球場が視界いっぱいに拡がって、そのさらに奥には、この佐高第七中学校が開校した当初に植樹されたという桜並木が今まさに満開に咲き乱れている。その鮮やかな桜に目を奪われながらも、安西は野球場の隣にあるバックネットほどではないが緑色の小高いフェンスに囲まれたテニスコートを眺めた。安西に向かい合った男子生徒二人も、彼女につられてテニスコートに視線を移す。たった一面しかないコートだが、砂入り人工芝のオムニコートで、ご丁寧にインコートとアウトコートは色分けされてあり、公立の中学校のコートにしては滅多にお目に掛かれない造りになっている。だが、安西はこの学校に赴任して三年間、一度も生徒達がそのコートで活動をしている姿を目にした時がない。せいぜいまだボールやバットに触らせてもらえない野球部の一年生がトレーニングをしているのに使用しているくらいだ。
 なにせ、この学校にはテニス部自体がない。
 安西は視線を二人に戻すと、神谷と小堺も向き直った。何かを期待するようなキラキラした眼差しが眩しい。
「この学校にテニス部が無いのは知っているようね。それで二人で新たに部を新設したいってこと?」
「そうです」
 神谷は短くそう答えた。自己紹介の時にも感じたのだが、この生徒は大人しいタイプの子なようだ。皆がそわそわと浮き立つホームルームでも、一人お行儀良く背筋を伸ばして淡々と名前と出身小学校だけを述べただけで、逆に印象に残ったくらいである。
 一方、終始周りの友達に喋りかけて自己紹介の際には聞かれてもいないことをペラペラとまくし立てて、神谷とは違う意味で印象に残った小堺が、言葉足らずの神谷を補足するように引き継いだ。
「俺達、小学校のときにジュニアでテニスしてて、中学校に入ってもテニスを続けたいって思ったんですよ。正樹なんてジュニアの大会で東北チャンプになったんですよ! すごいっしょ!」
「東北チャンプ……。すごいのね、神谷君」
「だろ? 正樹はすごいんだぞ!!」
「……朔太郎だって東北ベスト8だったじゃないか」
「でも正樹の方がすげぇって! だってあの佐藤・大野ペアから勝ったんだからな!」
 まるで自分のことのように胸を張る小堺に、照れて少し俯く神谷。テニスという競技はいまいち良くわからないが、小学生の大会でも東北大会で優勝するなら大したものだと、安西は素直に感心した。
「なるほどね。それなら部を作りたいっていうのも肯けるわ」
「それで、テニス部は作れるんですか?」
 照れ隠しをするように少し早口で催促する神谷。安西は頬に手を当て、しばし思案に耽った。
 彼女がこの学校に赴任してから、部を新設したという話を聞いたことがないし、それに関する規約には一度だけ目を通したことはあるが、さほど興味を示す内容ではなかったので覚えていない。だが規約がある以上は決して不可能というわけではないだろう。
「部員ってあなた達二人だけなの?」
 安西の問い掛けに顔を見合わせる二人。いくら長年放置されていたテニスコートの担い手が現れたかといって、新入生二人だけに全て委ねるというのも、学校教育や管理上適切とは思えない。それに確か部員が数名いなければ部として認められないはずだった。
「一人くらいは心当たりがいますけど……」
 自信なさげに答える神谷に、同じように不安そうに表情を曇らせた小堺が尋ねてきた。
「ねぇ先生、やっぱり部員がいっぱいいないとテニス部作れないの?」
 さっきまで見せていた満面の笑みとは打って変わって暗い顔に、安西は仕返しとばかりに意地悪げに声のトーンを落として重々しく答える。
「そうね、やっぱりある程度は部員が必要になるわね……。そうじゃないと部活動って認められないもの……」
 たったそれだけのことだったが、小堺が急に眉毛をへの字にして今にも泣き出しそうに唇を噛み締めた。隣の神谷も血の気が引いたような顔をして固まってしまったので、安西は慌てて明るい口調に戻す。
「で、でもね! そんないっぱい居なくってもいいのよ! たぶん3,4人くらい居れば部活動って認めてくれるはずよ! 大丈夫だって!」
 すると途端に二人は瞳をパァッと輝かせて、元の顔色に戻ったので安西はホッと胸を撫で下ろした。いくら中学一年生と言っても、つい先月まではランドセルを背負った小学生だったのだ。この歳の児童は多感な時期なのでちょっとした発言にも機微に反応するので、教師としては細心の注意を払わなければならなくて気苦労が耐えない。
「とにかく私もあまり詳しいことはわからないから、学年主任の先生に聞いてみるわね。帰りのホームルームが終わったらまたお話をしましょ」
 彼女自身も次の授業が控えているので、この二人とそんなに長話は出来ない。ひとまずここらで話を一旦締めることにした。神谷と小堺も納得したようで、元気良く「はい!」と答えるとペコリと頭を下げた。そのまだあどけなく可愛らしい仕草に安西も頬を緩めて頷く。そして二人に手を振って、踵を返そうとした時、背後から神谷が声を掛けてきた。
「ちなみに先生。テニス部と言ってもソフトテニス部なんですけど、問題ないですか?」
 振り向いて神谷の言葉を繰り返す安西。
「ソフト……テニス?」
 そして同じように、その言葉を神谷と小堺は繰り返した。
「ソフトテニスです」
「先生、ソフトテニスだよ」
 困惑したように小首を捻って考え込む安西。テニス、まではもちろん知っているが、ソフトテニスという単語に解釈がない。
「なに?テニスってソフトとかハードとかってあるの?なんだかコンタクトレンズみたいね」
 安西は必死に頭の中でテニスの図を展開させる。コートに張られたネットを挟んで、ラケットを持った選手が対面し黄色いボールを打ち合う。ごく一般的なテニスの風景だが、そこのどれがソフトになるのだろうか? ボールだろうか? ラケットだろうか? それともネット? ソフトボールと野球の違いすらいまいち良く分からない安西はただただ戸惑うばかりだった。
「はい。テニスには硬式と軟式があります。」
「そうだったんだ……。ちなみにウィンブルドンとかシャラポワとか松岡修造とかお蝶夫人とかは?」
 自分が知っているテニスに関する単語を並べてみたが、それに対して神谷は「全部硬式です」と即答した。ますます知識の範疇からかけ離れていったソフトテニスという単語に、頭を悩ませている安西を眺めていた小堺が、小馬鹿にしたように吹き出した。
「先生、ソフトテニスも知らないの?」
「ムッ。だって先生が学生の頃にはソフトテニス部なんてなかったもん」
「でも先生だったら何でも知ってるものなんじゃないの? おいおい正樹、この先生で本当に大丈夫なのかな?」
 生徒に馬鹿にされて頬を膨らませる安西が面白かったのか、小堺は声を上げて笑い出した。そんな小堺の頭を相方の神谷が小突いた。
「知らないなら仕方ないです。僕達、今日ラケット持ってきてるんで、実際にやってるところを見てもらったほうが、話が早いと思います。放課後、テニスコートを使ってもいいですか?」
 少々むくれている担任教師を気遣って、神谷が話しを進める。どうやら小堺よりは神谷の方が常識があるようだし、考えが大人なようだ。安西は教師の顔に戻すと、
「わかったわ。とにかく部活動新設のこともテニスコートの件も学年主任の先生に聞いててあげるから、放課後まで待っていてね」
 と優しく語りかけた。そして小堺には
「だからそれまでは大人しくしておいた方がいいわよ、小堺君」
 と念を押す。だが本人はわかっているのか分かっていないのか、ニヘラッと顔を緩めただけだった。
 そんな歯ごたえのない生徒を目の前に安西は溜め息を漏らしながら、もう一度窓の外に目を向ける。ちょうど風が強くなってきたのか、満開の桜はその大木をゆらゆらと揺らし、たくさんの花弁を散らせていた。その花びら達が風に乗って、ゆるやかにテニスコートに次々と着地していく。誰も立ち入る機会のないオムニコートは、桜の花びらで賑わっていた。
 まるでこのグリーンスペースは自分達以外の誰にも侵されないと主張するように。



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07:07  |  なんしきっ!  |  CM(5)  |  EDIT   このページの上へ

2009'12.10 (Thu)

悲恋なプランナーの場合 エピローグ

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