婆様の葬儀も滞りなくすみました。  更新日2月10日

なんしきっ! 七中生徒と初試合


 六月に入り梅雨の時期ということで各所の大会実行委員は毎年気を揉んで仕方がないが、ここ地区総体が行われる輝ヶ丘テニス競技場は、本日運良く晴天に恵まれた。特に先週まではちょうど梅雨前線に見舞われていたので大会も延期になるのでは、と懸念されていたが、問題なく大会は実行されるようで、生徒や顧問一同は安堵に胸を撫で下ろした。

 佐高市内のテニス部に所属するテニス部員全員が詰め寄せる輝ヶ丘テニス競技場では、既に全てのコートで大会に参加する生徒達が最終調整に精出している。
 ここのテニス競技場は佐高第七中のコートと同じく人工芝のオムニコートが十面設置されている。それぞれのコート同士の間隔も離れているし、ベースラインからフェンスまでも広めに設計されているので、選手達は何の煩わしさもなくプレーに集中出来る。
 ただ一つ難点といえば、ここは港の近くに面した土地柄のせいか、年がら年中日本海から吹き付けるだし風に悩まされていることだろうか。他県から来る選手達は、あまりの風の強さに驚くほどだ。特にソフトテニスのボールは硬式とは違い風の影響を受けやすいので、自然と佐高市の生徒はシュートボールを多用する攻撃型の選手が育つと言われている。

 コートをぐるりと囲む観客席は既に各学校の生徒で埋め尽くされていて、各々の学校の部旗や垂れ幕をフェンスに括り付けて士気を高めている。特に各学校の陣地が決まっているわけではないが、毎回利用している暗黙の了解というもので、東側から佐高第一中、第二中とナンバースクールの順番毎に観客席を陣取っていた。
 なので今年から初参加となる佐高第七中の陣地はない。もっとも部員がたったの六人だけなので、スペースを確保する必要もなく、競技場の隅っこの方に自分達の荷物を置いているだけであるが、他の学校の陣地を見ていると疎外感は否めなく、意味もなく恐縮してしまった。

 生徒達がフリーにコート内で練習をしている。
 その時間は生徒達にとっては気になる相手校の生徒の調子や上達を確認するもっとも大事な時間になる。特に第七中の生徒達は初参加なので、自分達の調子を整えながら周りの実力を計ったりと忙しい。
 その中でも参謀である宗方は、練習そっちのけでパンフレットの名前と他校の生徒を照らし合わせながら、頭の中で戦略を廻らせるのに余念がない。


 さてその間、顧問達は事務所に集まり最終打ち合わせを行った。
 打ち合わせといっても欠席した生徒の確認や諸注意だけで殆ど形式ばったものなので、各顧問としては早く自校の陣地に戻り、生徒達に発破を掛けたくてうずうずしているが、事務所の上座では顧問長の第六中顧問の八幡が長々と講釈を垂れている。
 そんなソワソワした空気の中、安西は顧問会の時に色々とアドバイスをしてくれた第四中の顧問、佐々木から声を掛けられてた。
「おはようございます、安西先生。今日はよろしくお願いします」
「おはようございます。こちらこそ、どうぞお手柔らかに」
「お手柔らかにですか、ハハハッ」
 爽快に笑いながら佐々木は手に持ったパンフレットを開き、団体戦の組み合わせ表を眺めた。
 大会は二日間に渡って開催される。一日目に団体戦が行われ、二日目に個人戦が行われるのだ。
「第七中さんは緒戦が第五中さんとですか。二回戦でうちと当たりますね」
 そう言いながら敵チームの顧問である安西に、変わらない微笑みを送る佐々木。

 あまりライバル視はしていないのか、はたまた余裕があるところを見せたいのかわからないが、安西はその貴公子然とした敵顧問をジッと見据えて尋ねた。
「ちなみに、第五中さんはどんなチームなんですか?」
「第五中さんは三年生が少なく二年生主体のチームです。専属のコーチも着いておらず、まぁ、言ってしまえばあまり強くはないですね。どちらかといえば後衛優勢でペア組みをしている傾向にあります。尤も、前衛の育成にウェイトを置いていないだけでしょうが」
 あまりに考える間もなく佐々木が答えたので、安西は目を丸くして呆気に取られてしまった。そして慌てて周りにいる顧問達を見渡す。
「ちょっと佐々木先生、そんな簡単に敵チームの情報を教えていいんですか?」
 以前、顧問会で佐々木に言われたことを思い出していた。あまり情報をペラペラと敵チームに教えてはいけないと。だが佐々木はそんな安西の反応が意外で面白かったのか、爽やかな微笑みを若干崩して子供っぽく笑った。
「私は別に自分のチームの情報を教えたわけではありませんから問題ないでしょう。第五中さんに対する私の率直な感想と評価です。それに、余所様のチームの話を他から又聞き、それが信じるに値するものなのかの判断はご自分でされるのが一番でしょう」
 言われてみればその通りだ。
 それにどちらかといえば素直に相手チームの情報を引き出そうと直接尋ねてみて、仮に返事が返ってきたとしてもその言葉に嘘が孕んでいないとは限らない。いや、むしろわざと自分達の実力を過小評価するか、影に怯えさせるため大きく話すか、どのみち真実など掴める可能性はゼロに等しい。
 だがそれを全く第三者の立場であるチームならば、喜んで本当の情報を提供するだろう。スポーツマンシップもご尤もだが、勝利に繋がるはずの引っ張れる足は引っ張ったほうが良い。
「それに私としては二回戦に第五中さんと当たるよりは、新生第七中さんと当たりたいですから。なんせ今大会のダークホースですからね。実際に対戦してその腕前を試しておきたい」
 さらにそう付け加えられれば、信憑性は一気に増す。
 佐々木が言ったとおりに信じるか信じないかは個々に判断するとして、そこまで言われてしまっては何があっても一回戦は勝ち抜き、二回戦で佐々木率いる第四中の胸を借りなければいけなそうだ。安西はある意味招待状にも似た佐々木の激励を素直に受け取る。
「わかりました。生徒達にも伝えておきます。初戦はなんとしてでも勝つように、と」
 安西の言葉に佐々木は爽やかな笑みを浮かべて答える。
「かしこまりました。では我々も二回戦でお待ちしております」
 自分達のチームは余裕で初戦を勝ち上がるという自信満々なアピールを省いて。

更新日 2月10日


 顧問長の長い話はようやく終わったようで、「以上です」と一旦話を区切ると
「それでは生徒さんのゼッケンをお配りします。それぞれ名前を呼ばれました学校の先生は前に出てきて下さい。なお、名前間違いなどが必ずないよう再度チェックを忘れないように。ではまず始めに第一中さん……」
 次々とゼッケンを配り始めた。そうこうしている内に第四中も呼ばれたので、佐々木は軽く安西に手を挙げ「では、ご武運を」という言葉を残して前の方に行ってしまった。
 一人残された安西は試合のパンフレットを開き、第五中の団体メンバー表をチェックする。

 自分のチームとは違い、団体戦は4ペアのエントリーで記載されているが、四番手は補欠要員という意味だ。それぞれ選手名の隣にある2や3という数字から察するに、これは学年を指しているのだろう。
 確かに佐々木が言うように第五中には2の表記が他と比べて多い。一番手と三番手の後衛のみが三年生でそれ以外はみな二年生で構成されている。
 他の学校もチェックしてみると第二中も同様に二年生主体のチームだが、殆どメンバーは三年生ばかりで三番手や四番手にやっと二年生が入り込んでいるくらいだ。

 そこをいくと、第七中が如何に稀有なチームかというのが分かる。
 ペアは補欠がいなく3ペアのみで全員が一年生ばかり。紙に書かれている文字だけで弱小だというのがありありと想定されてしまう。この時期の少年にとって一年という壁は予想以上に厚い。たった365日しかない一年間で毎日どれだけ積み重ねることが出来るかに皆、必死になっているのだ。
 なので、ついこないだまでランドセルを背負っていた小学生が、体格も精神面も違う上級生を凌駕する可能性がどれだけあろうか。きっと僅か数パーセントかもしれない。
 それでも彼らは、第七中ソフトテニス部のメンバーは誰も最初から諦めていたり、楽観視する姿勢は見せていなかった。果たして彼らは自分自身、プレッシャーなどは感じないのだろうか?

 そんなことを一人考え込んでいると、いつの間にか他の学校へのゼッケン配布は終わったようで八幡は少し怒気を含んだ声で安西を呼んでいた。慌てて安西は八幡の前まで行くと、顧問長はむっすりとした表情で乱暴にゼッケンを手渡す。
「いつまでもボーッとしてないで、もう少ししっかりして頂かないと困りますよ! 我々だってそんなに暇ではないんですからね! それと、第七中は初参加のチームですから生徒の名前確認をきちんとお願いします!」
 先月の顧問会で遅刻をしてきた件もあって、安西はかなり八幡から目をつけられているようだ。
 学生の頃は優等生だった安西にとって学校の先生とは自分の味方であって、こんな扱いをされるのが初めてだった。急いでゼッケンの名前確認をしながら安西は、生徒のこともそうだが自分のことも少しは慎重にならないといけないと、改めて心に誓った。





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